カテゴリ:おいしい実( 96 )

おいしい桃って(2)

昨日の「農てんき」のおじさんの話の続きです。おじさんの畑はどうやらあちこちにあるらしい。「畑はいろいろなところに散らばっているよ。放置畑があればできるだけ借りあげるようにしているからね。」畑を使い続けないと荒れてしまうからだそう。「一度畑を放置したら元に戻すのは大変なことだから。でももう自分もこれ以上はねぇ…。」

おじさんは12反240本の桃の木を、人を使わずに一本一本自分で剪定するそう。「桃はつぼみがついているところには花は咲くし実もなるからどう切ってもいいっていう人もいるけど、やっぱり丁寧にやってやれば日の当たり具合だって収穫のしやすさだって違うよ。」

聞けばこの畑はもう10年も耕運機をかけて雑草を根こそぎ取ることをしていないそう。よく見ると剪定屑もシュレッダーにかけて木の根本にマルチがわりに敷いてあります。「燃やすのは好きじゃないんでね。」「畑からできたものは畑にもどしてやるのが一番いいんだよ。」「申し訳ないけど、桃は消毒しないで作ることはできないんだよ、でも最小限にしているよ。」

「申し訳ないけど」という言葉におじさん自身のジレンマも感じられます。そんな気持ちで桃を作っているとわかったら絶対おじさんの桃を買うんだけど。なかなか果物だけ見ていてもそういう「素性」まではよくわからないのが今日このごろの買い物事情。でも間違いなく言えることは、東京のどんなスーパーに行ったって「農てんき」でタダでもらえるほどおいしい桃にであったことはない、ってこと。

おじさん曰く、共選所は大量の桃を手ではなく機械で選別するから、多少硬いものでないと扱えないのだとか。また果物を販売する小売業者からは「完熟一歩前」のものを要望されることが多いそう。というのも「今日が一番おいしい」という日がすぐ来てしまえば、店に置いておける時間は短くなってしうからです。

ちなみに果物は少し早どりして流通の間に追熟させる、という話をよく聞きますが「モモは追熟で柔らかくなることはあるけれど甘くなることはない。樹上完熟でないと。」さらに糖度計の出現で果物の旨みである「食味」よりも「甘み」だけを機械的に計測してバロメータにするようになってきたとか。「果物は甘みだけでなく『食味』が大事。苦味だとかいろいろな要素でその旨さをだすんだよ。お汁粉だって塩をいれるだろう?」

流通では長持ちするものを、共選所では機械で扱いやすいものを、と考えた結果、市場に出回る桃の数は多くなり、市場での「もち」はよくなったけど肝心の「一番おいしいもの」は扱えない、ということなんでしょうかね。そして「もち」が良くなった結果、市場での桃の希少性もなくなり結果的に単価も落ちて「食っていけないさ」。その上私たちは大量生産や効率性重視のおかげで、一番おいしい桃を食べそびれているのかもしれません。。。

所詮エセ田舎生活をしている私には、年間休みなく200本以上の桃の木の面倒をひとりでみて「まず食っていかないと」と言うおじさんに簡単に「有機栽培ができないんですか」「契約農家販売だけにして付加価値を売れば」など都会人の勝手な思惑を言う事はできませんが…

こういうおじさんたちの「こころいき」って都会でもっと伝えられないもんですかねぇ。せめて私にできることとして、剪定くずの桃の枝を頂いてきて「農てんき」で使ってもらえるよう桃色バスケットをつくってみました。夏に桃入れに使ってもらえたらいいけど。
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by nicecuppatea | 2009-01-04 13:15 | おいしい実 | Comments(0)

おいしい桃って(1)

ちょっと前の話になりますが…。年も押し迫った大みそかの朝、真冬の桃畑をピーチと散歩をしていると「農てんき」のおじさんが畑で桃の枝の剪定をしていました。

冬になってしばらくご無沙汰していますが「農てんき」は、私が夏から秋にかけて毎週土曜日に朝一番に行き、自分で作っていないシイタケや果物を買う場所です。朝の散歩も兼ねて特段欲しいものがなくても必ずピーチづれでお店を覗くと、行くたびにオーナーのおじさんはピーチに西瓜の切れ端や桃をくれました。

イベント用の大きなテントの下に並べられた、地元の人たちが作って持ち寄った野菜や果物と小さいレジが置いてある「農てんき」。7月の桃の最盛期には、店頭の大きな漬物だるに水が張られグレープフルーツくらいある桃がたくさん浮いていて、隣には「ご自由にどうぞ」の札が。「浮いているのより沈み加減のやつのほうが甘いよ、好きなだけとっていって」との言葉に人間分とピーチ分をもらい、それを丸かじりながら家に帰ってきます。旨み、甘み、食感、今日以上おいしい日はない!と思えるほど絶妙な味の桃です。

農てんきで売っている桃はとっても大きくて甘いけど、時間的にも距離的にも長い流通経路に乗せるには熟しすぎてしまって共選所にはだせない「今日明日すぐにおいしい」もの。農家の自家用に作っている野菜も「おすそわけ分」くらいをみんなが持ち寄ってきます。できすぎてしまって食べきれないものなどなんでしょう、自家用野菜だから品質が均等なわけでも量がまとまっているわけでもありませんが、農薬なんかつかってないものがほとんど。結局使いきらないでそのまま畑で腐らせてしまうのならば、少しでもそういうものを欲しいと思っている人に使ってもらえればと思って安価で売り買いができる場所をおじさんが始めたんだとか。「売上の20%をもらうことになっているけど一袋100円くらいで野菜を売るわけだからもらうのは20円くらい。お手伝いの人を雇って電気代をだしたら儲けなんてないけどね(笑)」

夏に好物のスモモなど物色していると、自宅の庭の木から採れたのであろうスモモを机に並べていた近所のおじさんが「そのスモモはすっぱくて食えたもんじゃねえだよ。」なんていってくることも。

自分がだしてきたスモモでしょうが!とも思うけど(笑)自分の作ったものだけど、これはうまくないーそんな正直な話が耳に入ってくると、かえってそれが買いたくなったりして。私がすっぱいスモモ好き、というのもあるけれど何より正直で安全な食べ物が何よりじゃないですか。

夏においしい桃をつけるため、冬の桃の枝は落とせる荷物はすべて落として、軽くなっています。夕方、桃畑を散歩すると剪定を待つ枝のシルエットが夕焼けをバックに浮き彫りに。
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by nicecuppatea | 2009-01-03 14:47 | おいしい実 | Comments(0)

最近のブドウは種なしで皮ごと食べれる

今週は行かなかったけど、最近日曜夕方から夜にかけて、山梨から東京へ向かう中央高速の上り線の渋滞がめっきり少なくなりました。初夏から始まった「フルーツ王国」山梨のモモとブドウの季節が今年も終りを向かえたことを意味します。温泉も紅葉もいいけど、やはり山梨はモモとブドウの季節が一番賑わいます。

ところでそれらの果物の、新品種の導入が近年ものすごい勢いで進んでいるように見えます。特にブドウが!

ブドウと言えば、昔は種なしのデラウェア、大きく濃紺のつぶの巨峰、グリーンのマスカット、そして山梨にはワイン種として歴史の古い「甲州」がありました。

ところが最近のブドウはもっとずっと細分化していて、見た目もバラエティに富んでいます。「ロザリオ」「ピッテロ」「マニキュアフィンガー」など、外国っぽい名前のブドウも増えました。そういった新しい種類のブドウの「高額化」も進んでいるような気がします。

こうした外国系の名前のブドウはある意味、それまでの日本人の「大粒のブドウ」の概念を大きく変えた気がします。つまり、かつての巨峰やマスカットと違って「種」がなく、そして皮ごと食べられるのです。ウチの旦那などば初めて西洋種の、種もなく皮ごと食べられるブドウに出会い「ブドウを見る目が変わった」とまで言いました(^^以来、毎年シーズンになると大量にブドウを消費するのが我が家のならわしとなりました。きっとこういう家庭は、ウチのほかにも少なからずあるのではないでしょうか。

知り合いのブドウ農家の人に聞いたところ、こういう西洋種のブドウは皮が薄く、裂果しやすいので、在来種よりも雨に弱いのだそう。また、「種なし」ということは房と実をつなぐ芯がなくなるため、大きくなるにつれ実の重みで粒が房から落ちてしまいやすいとか。こうして考えるとブドウって果物は、生産農家にとってはだんだん手間のかかる果物になってきているんでしょうかね。手間がかかるだけ、値段が高くなるのもうなづけます。

そうなると気になるのは、在来種たちはどうしているんだろう、ということ…。

ブドウ屋さんの棚を見ても種なし巨峰は1キロ1500円、ロザリオなどは1キロ1700円などとなっている中、「甲州」は近くのブドウ畑の無人販売所で「一皿(何房も入っている)300円」とかで売られているのを見ました(^^

もうひとつデラウェアより大きく、巨峰より小さく、大きな種の入った「ベリーA」という、古くからある黒いブドウがあります。これなんかシーズン中に行きつけの国道沿いのガソリンスタンドに入ったら「ご自由にどうぞ」という張り紙がされて段ボールにどっさり盛られていました。きっと自宅のベリーAの木にたわわにブドウが実ったものの、もはや市場で売れるものではなくなってしまったのかも。

私の畑の周りの家には、シーズンになると「ブドウ狩り」の看板を掲げている本格的ブドウ農家もたくさんありますが、ブドウ農家でない家でも、庭のかなりの部分にブドウ棚で日差しよけがしてある家がたくさんあります。そういうブドウはたいてい甲州。

田舎の家に滞在していると、時々近所のおばあさんが、音も立てずにヌッとウチの窓から、庭でとれた甲州を差し入れてくれて、結局都会モノでこういう田舎のコミュニケーションに慣れていない私たちをビクっとさせてくれます(笑)

「のどが渇いたから、いくつか房を切ってみただよ」。よかったらどうぞ…というご親切で、大変ありがたいのだが、これが申し訳ない話、なかなかウチで減らない…。

「実好き」の私は、どちらかというと原種に近い果樹に常に魅かれてきました。「果物は甘いばっかりじゃね」などと言って。ところが私も気がつけば「甘くて結構人工的」な果物の魔術にとりつかれてしまったのかも。

頂いた甲州と、ガスタンからどっさりもらってきたタダのベリーAは、それぞれの皮の色をそのまま生かしたジャムにしました。e0151091_22442496.jpg
















房から一粒づつ実をとるとき、ベリーAの実を一粒口の中に放り込むと、分厚い皮と実の間から、甘み、というよりは強い「葡萄の香り」が口いっぱいに広がりました。
by nicecuppatea | 2008-11-17 22:46 | おいしい実 | Comments(2)

ミカンが育つコミュニティガーデン!


私のキッチン・ガーデンの周りにもモモやブドウの放置畑が年々増えています。たいていは農家の高齢化と後継者不足などでこれ以上畑の面倒を見ることができず、果樹などはそこに残されたまま、畑は放置されてしまうようです。

放置畑って見ただけでなんだかどっと悲しい気持ちになる光景です。そこはもともと野生の場所ではなく、かつては人がその土地なり樹木なりと共生をしていた形跡、そしてそれが荒廃した形跡が両方残っているからです。

今日は縁あって、小田原市でそんな放置ミカン園をコミュニティガーデンとして再生する活動をしている「オレンジプロジェクト」の方々にそのガーデンを見せて頂く機会を得ました。

昔、人は少しでもこの急な山腹に平地を作り、なんとか果樹を植えようと、苦労して山を切り開き石垣を盛っては幅の狭い段々畑を作っていったのでしょう。それぞれの段々畑を結ぶ幅の狭い石垣の階段は、今朝からの雨に濡れて滑りやすく、ひとたび滑ったら下まで一気に転げ落ちそうな急勾配です。そんな急勾配に張り付くように広がっている畑での、ただでさえ重労働な農作業は、年を取っていけばどれほど大変なものだったでしょう。
e0151091_2033047.jpg放置農園の問題に取り組むため、小田原市がNPOや企業に対して農園の再生化の協力を呼びかけ、ここに「さまざまな人がかかわりながら、かつて人と自然が共存していた場所を、農作業を通して再生していく」アグロフォレストリーというコンセプトで「みかんの育つコミュニティガーデン」を作る、オレンジプロジェクトが誕生したのだそうです。

3年前に始まったこの取り組みでは趣旨に賛同したボランティアの方々が、この崖っぷちのミカン畑(だったところ)の草を刈り、藪を切り込みながら、ツルに覆われた現存のミカンの木を救出し、その他の果樹や農作物を植え付け、また「そこにあるものをつかって人が集うスペースを作ろう!」とベンチやパーゴラもしつらえられて、徐々に「居心地のよさ」を増しているように見えました。

肝心のミカンは…というと、これが甘さと酸味が絶妙の絶品!!農薬やワックスを使っていないので、とったその場で外皮もむかずにリンゴのように丸かじりもできます。e0151091_2034515.jpg
買ったミカンっていつまでもやわらかく、すぐに外皮がむけますよね。それは皮に「ワックス」がぬってあって皮から水分の蒸発を防いでいるから、って知っていましたか?(私は知りませんでした)だから買って何日も経っても、皮がすぐむけるくらい柔らかいんですって。そうしないと一般市場に流通するみかんは「買ったらすぐ皮が硬くなっちゃった」ということになってしまうから、だそうです。

かたやノンワックスのこのミカンは、収穫して数日すると皮が乾燥して硬くなり、むきづらくなります。でも、昨年「エコプロダクツ展」に出店していて、1ネット100円で販売されていたオレンジプロジェクトさんのこの無農薬みかんを手にした私は、外側の皮まで、硬くなるまで乾かして七味にいれたり、陳皮にしてお風呂にいれたり、あますことなく活用させてもらいました。こんな貴重なミカンが100円なんて!

去年はこれらのミカンはエコプロダクツ展などで販売するほか、ボランティアの方々の中で消費したのだそう。それでも全部を使いきることはできなかったのだとか。

おそらく、私みたいに「こういうミカン、ほしい」と言う人はたくさんいるでしょう。そして、それを売ったり有効に使いたい、と願う人たちもいるはずです。ただ、その両方を突拍子もないお金や手間をかけずに結びつける「手段」がない。私だって自分のキッチンガーデンで毎週ありあまるほどとれるミニトマト、「素人が作ったからおいしくないかもしれないけど、完全無農薬。こんなものがいる人いないかなぁ…」と毎回考えます。東京の自宅の車庫の前に「無人八百屋」でも開店しようかと思ったくらいです。でも一つ一つ細かいところまで考えていくと、どうもうまい案ではない。

安全で、人にも自然にも優しい形で作られた、多くの人が心の中ではほしいと思っているけれど「そういう品物の入手は無理よね」となんだか諦めているようなこういう食物が、正当に評価されて、ほしいと思う人の手に届くような社会にならないものかと思います。そのためには消費する私たちが「有機がいい」といいながら「いびつなものや虫つきのものは買わない」というような矛盾に気づいて、農家の人たちに理不尽でない要求を伝えていくことが必要なのでは…と、お土産に頂いた袋いっぱいのミカンを家でほおばりながら、また考えたのでした。

ところで今日は、1年前の今日まで一緒に今の会社で働いていた環境部署のメンバーたちとの「再会遠足」でした。
e0151091_2036588.jpg大切な仲間たちにはわが畑で先週収穫した和棉「会津」のドライフラワー(と唐辛子)と、ミニトマトをお土産に。
包装は、この間家に届いた書籍小包に「中詰め」としてつかわれていた茶色いわら半紙(^^

普通であれば無礼千万でしょうが、きっとこのメンバーになら、大丈夫(笑)
by nicecuppatea | 2008-11-16 20:40 | おいしい実 | Comments(6)

八百屋に職替え?

来週は、所用でキッチンガーデンには来ないので、「その間に初霜が降りるかも…」という心配もあいまって、今週の収穫はそこらの八百屋さんもびっくりするほどの量になりました。
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朝から畑でご飯も忘れるほどに動き続け、ちっともスローライフじゃありません。ダンナは「たった一週間来ないだけなのに…気負いすぎじゃないの?」その通りかも(笑)それでも最後の力を振り絞っている、ナス、ピーマン、しし唐などの夏野菜たちと、間引きしないと込み合い始めた青梗菜、出張でアメリカに行った時スーパーで種を買って植えてみた赤白ツートンカラーの大根みたいの、赤ちゃんの頭ほどになってきた聖護院など秋の野菜、それにもうかなり収穫をせずにほってあった落花生などを収穫。東京で友達に配る計画や、漬物にトライすることなどを念頭に大根を引き抜きましたが、果たしてこれらの野菜、本当に車に乗り切るんだろうか・・・。

畑の近所を散歩していると、どこの庭の柿の木もたわわに実をつけています。そろそろ庭の「百匁柿」を収穫して干し柿にする時期。このあたりで干し柿にする柿は「甲州百匁」ともいわれる土着の種類らしいのですが、百匁(375g)にもなるところからその名がついたそう。とにかくずっしりと大きい柿ですが、そのままだと渋柿です。
e0151091_23154547.jpgこれを長いことそのままおくとジュクジュクになって、ものすごく甘くなるらしい。私はあまり好きじゃないから食べないけれど、うちの祖母もふくめて「熟し柿」が好きだ、と言う人はけっこう年配の方に多いようです。


昨日は母が竹の物干し竿の先を二つに割った専用の「柿とり竿」を使って、高い柿の木から約100個の百匁柿を収穫。槍で天を突くごとく、竿を高く突き上げて竿の割れ目に柿の実の柄を奥まで押し込み、竿を回して柄をもぎ取ります。「押し込み」があまいと、重い柿は竿から下へ落ちてしまうことに。そこには我が家のエコ犬「ピーチ」が待ち受けています(^^;)多少柔らかくなったものなどはすでに甘いからなのか、渋柿でもかまわないのか、とにかく全て食っちゃう!柿をゲットするとくわえて逃げるので追いかけましたが、一歩及ばず・・・。
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今年は柿の熟し具合が10日少し、早いようです。干し柿は柿の皮をむいて軒に吊るして作るのですが、気温が低くて乾燥し冷たい風が吹いていると、軒下に吊るした柿は徐々に水分を飛ばされてだんだんあめ色に変わり、あめ色になった柿は取り込んだ後にワラの中で更に保存すると糖が白い粉のようにふいてきて、年が明ける頃には真っ白になります。時間がおいしてくしてくれる干し柿は究極のスローフードの一つかもしれません。手間隙かかるものだからか、最近では地元の農協などでは1個200円くらいで売っていたりする高級品。

今年は柿が早くに熟してしまったことで、まだ寒くならないうちに干し柿をつくらないといけなくなりました。これ以上時間をおいてしまうと、柿が柔らかくなりすぎて、吊るした時に、ぼたぼたと果実がくずれて下に落ちてしまうのです。だから多少暖かくてもつくり時は、変えられない。これで干した後も気温が低くならないと、色が黒くなったり、カビが生えたりして美しい干し柿はできません。きっと例年より暖かい日が続くと、果物はそれまでのようにゆっくり熟すのではなく、早くに熟れてしまうからなのでしょう。

「今年は柿が早かった」と、気がつけばもう数年同じことを言っているような気がします。このまま、世間で言われているような「温暖化」が進むと、山梨では真っ白い干し柿は作れなくなるのかも・・・。
by nicecuppatea | 2008-11-11 06:13 | おいしい実 | Comments(4)

和みの携帯ストラップ

できのよい会社員ではありませんが、私も平日は会社で働きながらそれなりに効率を求めたり、時間どおりに動いたりしています。それでも「携帯の不携帯」が多いところだけはなかなか治りません。(威張れたことではありませんが。)

携帯電話の登場以来、自分の体が物理的にどこに移動しても、いつでも、誰にも「つかまってしまう」ようになりました。それがまた「せわしない生活」のひとつのシンボルのような気もします。

いくら不携帯が多くても一応私も人並みに携帯を使います。そんな携帯使用時の「せわしない」気持ちを少しでも軽減するのに、私が作った携帯のストラップは、けっこう効果のあるいいものじゃないか…とひそかに気に入っています。人がそう言ってくれたことはないけれど(笑)

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これは西伊豆の山の中を散歩しているときに拾った胡桃の実。両脇に測ったように同じ大きさの穴が二つあいていて、そこから中身がきれいに食べられています。

ところで山ぐるみはとても固い。それにじっくり歯をたてながら、こんなに丁寧に穴をあけるとは、いい仕事をしている森の生き物がいるものです。

実はイギリス南部のハンプシャー州で、環境保全チャリティの「ワイルドライフ・トラスト」でボランティアをしていた頃のこと、まったく同じような穴のあいた木の実を見つけたことがあります。それは胡桃ではなくヘーゼル(ハシバミ)で、どんぐりの「ぼうし」の位置にとてもきれいな丸い穴が開いていて、その穴の周りは紙やすりをかけたようにスムーズで、穴のほんの少し外側に「上の歯」のあたったあとがついていました。レンジャーに聞いたところ、これはその森に住んでいる「ヤマネ」の食した痕だったそうです。

それを思い出して、「この森にもヤマネが!!」とちょっとドキドキしましたが、後日図鑑をめくってみると日本の胡桃に耳の穴2つあけた動物は「アカネズミ」のようです。日本のヤマネは木の実ではなく花などを食べるのだとか!!ところ変われば・・・ですね。リスなどは胡桃もパッカンと真っ二つに割るそうですが、この丸い穴の開け方といい、中身の食べ方と言い、いかにも丁寧に、じっくりと歯をたてた時間のかかった仕事が手に取るように想像できます。

ヤマネの仕事であれ、アカネズミの仕事であれ、せかせかと携帯電話の握って移動するとき、その胡桃の穴を見ると、「あわてずあわてず」という気持ちになって、会社にいながら少し満ち足りた気分になったりしています。
by nicecuppatea | 2008-11-03 21:50 | おいしい実 | Comments(2)