カテゴリ:暮らしのアイデア( 118 )

手作りの交換

数週間前、会社の知り合いの方から、山女(たしか)の燻製を頂きました。

会社ではどちらかというと自分を消す感じの役回りで、ひたすら寡黙かつプロフェッショナルに仕事をこなしている印象の方で、誠実な印象でしたが、何年もフツーに関わりをもちつつ、仕事以外の話をしたことがありませんでした。が、ふとしたタイミングで、私が住んでいる「半田舎」の更に西の山沿いに週末の別荘をお持ちで、そこのログハウスで週末は燻製をつくるのが趣味とお伺いし、がぜん話が盛り上がったのです。

そんな話の数日後、丁寧なお電話を頂き、「いまよろしいですか?」そして、手作りとは思えないほど丁寧に袋詰めされた山女の燻製を頂きました。あまり写真はよくないけれど・・・
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「ちょっと塩がきついかもしれません」
「皮は硬いから食べないほうがいいです」
「どうぞお返しとか、絶対気を使わないでくださいね」

その方らしい、細やかな指示(?)を頂き、持ち帰りました。週末にワインと一緒に食するとこれが美味。

塩もぜんぜんきつくなく、ガサツな私は指で身をむしりながら皮ごと頂き、皮と身の間のうまみを堪能。

「おかえしはしないで」と言われたけれど、この気持ちは何とかお返ししたい。

「手作りには手作りで返したら?」という旦那の的確なアドバイスに基づいて、私にできることはやはりカゴを編むことぐらいしかなく^^きっと山奥のログハウスなら、こんなワイルドなカゴが一個くらいあっても、なんか使い道があるんじゃないか、と。
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できあがって、さっそく持って伺うと、「だから、お返しはいらないっていったのに~!!」と、ちょっと困った感じだったので、迷惑だったかな、とこちらもドキドキしたのですが、翌日丁寧なお電話を下さり、奥様からのお礼のコメントを具体的に伝えて下さいました。「色の配列が素敵です。カゴは好きなのですが、自分では一度しか作った事がありませんでした。花入れに大事に使いますね、ありがとう」と。

気持ちを伝える、伝えられる、ということで、モノのやりとりも濃い経験として残りますよね。
by nicecuppatea | 2012-05-04 22:13 | 暮らしのアイデア | Comments(0)

再び引っ越し

新年があけて、あっという間にひと月以上が経ちました。実は正月早々の1月8日、100メートルほど離れた家に引っ越しをしました。理由はいろいろあったのですが。
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生まれて初めて本格的な引っ越しをした2年前、自分がいかに「過去のもの」を抱えているかに、初めて気が付きました。高校卒業の時にクラブの後輩からもらった寄せ書き、大学時代、教育実習に行った先の小学校の女の子に記念にもらったキーホルダー、数えきれない年賀状やクリスマスカード…。

みんな大切な思い出ではあるのだけど、ある意味、いい事だけでなく、じくじくした想いや情念みたいなものも捨てられずに、全てを持ったままで今まで来たような…そんな感じもしたのです。

「捨てる」という作業は、きっと何かを「断ち切る」作業とも関係していて、自分はそれが苦手な性分なんだと再確認。過去を手放すことも自分には必要な作業だと思えてきて、ある程度処分しよう、と決めました。

もう自分では使えないけれど、まだ使い切っていないキャラクター付きのノート、色鉛筆や旅先で買った絵葉書や、ぬいぐるみなどは、子供の活動に使い切ってくれる西日本にある児童館へ寄付、衣類はリサイクルショップに、そして昔の年賀状は、もう十分、長い時間一緒に過ごした、と考えて、感謝をこめてしかるべき方法で処分をすることにしました。

考えてみると、今まで持っていたもののほとんどは、別に「自分で持っていたい」わけではなく、「そのもの」が使いきれなくて捨てられていく、ということが忍びないだけで。モノが「流れていく先」を見つけさえすれば、輸送費とか、多少のお金はかかっても結構手離れはいいもんだな、と実感。

2年して荷物を見直してみると、まだまだある不要な服、小物、本…。年とともに、少しづつでも身軽になっていければいいかな、とも思う、今日この頃です。
by nicecuppatea | 2012-02-18 20:10 | 暮らしのアイデア | Comments(0)

自給自足への道

「自給自足」といっても、口に入るもの全てを自分で作るべし!なんてたいそうなことを考えているわけではありません。もっと緩~いカンジで、自分でできるものをできるだけ。で、それ以外はなるべく家の近くで採れたもの、そして季節のものを。

最近週末になると通う魚屋さんがあります。どれも新鮮で安いので五キロくらいの道のりを自転車でリュックしょって買い出しに。

数週間前、その帰り道に「産みたて卵」ののぼりを発見。普通の民間みたいなところだったので一瞬戸惑いましたが、「すみませーん、卵くださーい」と言いながら玄関を開けると、小さな土間の入り口に、ネットに入ったたくさんの卵が。

出てきたおじいさんから12個400円で購入。スーパーの「平飼い卵」は1個50円くらいするから、こっちの方がお得だし、何より卵の「生みの親」たちが目の前で見えて、うれしい。「卵、たくさん食べてくださいよ。家庭菜園はやっているかい?」とおじいさん。ちっちゃい場所でちょこちょこ…というと「これもいるかい?」といって今朝とったというナスとキュウリを袋一杯にくれました。

これ、私のイメージする「田舎暮らし」必須のパターンだったんです(笑)

鶏小屋は家の向かい、畑はその隣。自分で育てたわけでなくても「ここでできたものを頂く」と肌で感じられます。

ここで頂いた卵と野菜、あとはウチの5件ほど先で毎朝野菜を100円の無人販売をしているところから、ジョギングの帰りに幾つか購入。

これに、そこそこ自分のウチで採れる野菜をあわせると、毎日通勤してる「なんちゃって田舎暮らし」の私には、大満足の自給自足「的」な生活♪
by nicecuppatea | 2010-07-23 21:04 | 暮らしのアイデア | Comments(0)

早起きは三文の得

田舎に越してから色々な理由で毎日早起きになってきました。遅くとも五時半、早ければ四時半前という新聞屋も凌ぐ早さ。

理由はいくつかありますがまず、寝室の窓にカーテンをつけてなく、四時を過ぎると部屋が明るくなること、私が目覚めなくてもピーチが先に目覚めて起こしにくること、通勤時間が長くなり必然的に早起きしないとならなくなったこと、そして、何より年取った、ってことかも。

昨日は三十五度という、みっしりとした毛皮を着たピーチには、日中の外出は無理な気候。
ということで、休みの日というのに、五時前に散歩にでかけました。この時間、すでに「今日は真夏の暑さになる」と確信がもてるような、明るく、一つも雲のない薄青色の高い空。

五時前というのに公園にはかなりの数のジョガーやウォーカーが。

不思議なもので、朝の公園は人がたくさんいてもとても静かです。みんなまわりの道を黙々と走ったり歩いたりしてるからでしょう。真ん中の広場まで行くと、人は誰もいなくて、今まさに広場の真ん中まで朝日が届いたところでした。
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この瞬間、「早起きは三文の得」って、体得した感じです(^^

朝露に濡れながらの散歩だと、ピーチも笑ってるし。

ピーチは先日、無事八歳の誕生日を迎えました。乳ガンの手術後、歩くことをまったく拒絶していた1月頃のことを考えれば、朝こんな景色を見ながら一緒にまた散歩出来ること自体が夢のようです。

誕生日には、サツマイモケーキ(と呼べるかどうか…)を焼いてお祝い。
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これからも一緒に早朝散歩、しようねピーチ。

しっかしこの公園には散歩、ランニング、旦那の「日焼け」の付き合いと、1日三回も来た…地域施設、とことん利用してるなあ。
by nicecuppatea | 2010-07-20 21:04 | 暮らしのアイデア | Comments(0)

朝ラン!

最近ついにランニングを始めました。

「いつやせるんだ?」という自問自答が始まった頃、つまりかなり前から考えていたんだけど、ようやっと。重い腰を上げた…というか。この年になり体重が過去最高を恐ろしいペースで更新し始めたので。

旦那が気合いのはいったトレーニングとランニングで見事メタボを脱出したのが三年前。すごい!よく努力した!と賞賛しながら、何ででしょうねぇ、「私も一緒にやるよ」って言えなかったんです。変な照れくささがあったんでしょうか。バカですね。

最初は何だか恥ずかしくて「歩いてくる」とか言って家をでて、ゼーゼー言いながら十五分くらい走ってました。バカですね。

ところが、たった数日とはいえ一生懸命走っても、漫然と暮らしてた日々と比べて全く体重は変わらず、むしろ増加の傾向が。意地っ張りのわたくしもそこまできてようやっとダンナのアドバイスを求めました。

「走る時間が短すぎるんじゃないの?スピード落として時間を長く走ったら?」…今でも苦しいのにもっと苦しむ時間を長くしろと言うのか…と理不尽にもダンナにあたってみたりしましたが、冷静に考えればもっともなこと。

そこで、公園の内周の、コンクリートで整備されているトラックをハーハー言いながら走るのをやめて、公園の端の林の中をゆっくり楽しみながら走り始めました。これがなかなか。

公園は○衛隊の基地に隣接しているので、まわりに住宅地はなく、深い森の中を走っている感じがするのがとりわけマル。朝六時前、木々の間の空気はうっすらと霞んでいて、ひんやり湿っています。ヒマラヤ杉の落ち葉が厚く積もった上を走るのはさながら絨毯の上を走っているようで足にも柔らか。

気がつけば一周約1.5キロ、三周をここ数週間、毎日。
私的にはものすごい達成感!!
まだ何も達成してないですが(笑)
by nicecuppatea | 2010-07-04 20:38 | 暮らしのアイデア | Comments(0)

廃材再び

廃材再び
一通り、玄関前の小さなスペースを掘り起こし「キッチンガーデン」を作ってみて、植えたかったものを植えてみました。日当たり万全ではなく、土も「フカフカ」からは程遠いですが、野菜達はそれなりに育ってくれています。

ただ、何とも狭い!
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そうなると今度は「プランターがおけないかな」という欲がでてくるもので。

ということである朝、家のそばの古材置き場に釘抜きとハンマーを手に再び廃材あさりに行きました。古い木製パレットを、釘抜きひとつで「てこの原理」を使いながら一枚一枚木材にバラしていくのはかなりの全身運動を要しましたが、素材集めは思惑通り。
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集まった木材を組み立てて、折れないように注意して抜いた古釘で再び留め直してプランターにしてみました。木材の古びた感じが、私好み♪
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こちらはピーマンを植えましたが、その後調子に乗って、根を浅く張るキュウリ用も作成。蔓が伸びて室外機の目隠しになれば、という目論み。プランターは廃材と古釘、中に入れる土は隣接する公園の落ち葉溜から掘った腐葉土。肥料にはご近所のお米屋さんからタダで頂いた米ぬかを。
何も買い足さないで出来上がったことがわたくし的にはなぜかとてもうれしいのです。ま、究極の自己満足ですけど。

どれくらい育つか分からないけど、台所のすぐ隣で野菜を育てる、って私の本能が求めていた姿に近くなったことだけは、間違いないなっ、て感じます。
by nicecuppatea | 2010-06-28 20:43 | 暮らしのアイデア | Comments(0)

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

すっかり前回の更新から間が空いてしまいました。忙しかったというよりは、何かと生活の中で考えることが多くて、なかなか文章がまとまらない状況がしばらく続いていました。

個人的には色々と考えることの多い一年でした。何というか、それまで先送りにしていた「これからどうするんだ?」っていう問題とか、会社の仕事、そして家族…。

毎週、忙しく会社で過ごす平日は私にとって、さながらモラトリアム。「人は会社で仕事を通じて成長する」というのも真実だと思いますが、ある意味それ以外のこと、家庭、地域、自分が仕事以外にやりたいこと、など人生の他の部分を「忙しいから」というありふれた言い訳によって、見て見ぬふりをすることを許してしまう免罪符にもなりかねません。私の場合ですけど、ね。

色々考えた結論として私は、これから週末に自宅から離れた場所で畑作をするのではなく、通勤可能な場所で、地に足のついた生活を目指しながら、その場所でできる野菜をつくるような生活を今年から目指そう、と思い立ったわけです(^^

何度も書いてきたとおり、週末に田舎に出向いて畑作をすると、週中は疲れ果てて家は荒れ放題、週末はいわば現実逃避、そして日曜日の夜遅くに整頓の行きとどいていない東京の我が家に戻り、翌日からはあわただしく会社に戻っていく生活になるわけです。いくら田舎で「丁寧な生活」を目指しても、東京での生活は雑なもの以外の何ものでもありません(- -;

そんな思いを胸に、「2010年は新たな出発の年にしよう」と、大みそか12時の時報を聞いて、滞在中の山梨の、近所の神社へ初詣にでかけました。(なんだかんだいって年末年始は、やはり山梨にいました…)

その神社は甲府盆地の中にあるたったふたつの「山」のうちのひとつにあります。まぁ、山といっても丘みたいなもんです。昔「でいらぼっち」という大男の担いだ「もっこ」から落ちた砂のひとかたまりが山になったという言い伝えがあります(^^

10分ほど歩いて着いた山(というか丘)のふもとに鳥居があり、その先には急な石段が20段ほど続いて古い神社の本殿につながっています。(その本殿が、山の頂上です)我々の前には10人くらいの人の列が。その人たちに続いて急な石段を上って本殿でお賽銭を投げ終わると、横にはお守りを売る小さいテントがあります。

ここで1種類しかないお守りを500円でそれぞれ買って、階段を降りると、参拝者全員に地元の人たちから無料でみかんが配られ、甘酒がふるまわれます。冷え切った体でふうふう言いながら甘酒を頂くのは大きな焚火の前。この焚火は食べ終わったミカンの皮や、甘酒の紙コップ、そして古いお守りを思い思いが投げ入れる、というとてもおおらかな「お焚きあげ」。

およそ「初詣」に私が必要と思う全ての要素がこの小さい場所に揃っています。寂しすぎず、かといって混雑しすぎず(^^

除夜の鐘が聞こえる中、桃畑の中を懐中電灯も持たずに月の光を頼りに山へ向かって歩いていると、盆地の裾のようにせりあがった山肌のあちこちで新年が明けたことを知らせる打ち上げ花火があがるのが見えます。

シンとした空気と明るい月夜、そしていつもの夜中より心持明るく感じる甲府盆地の夜景。そんな光景の中にだんなとピーチと初詣に向かうと、理屈抜きに「色々あったけど、とにかく幸せだな」という気持ちが心の中にひたひたと湧いてきます。

今年も、私なりに頑張っていこう。初詣の翌日、初日の出を見逃したので元旦の「初満月」を見ながら、気持ちも新たに(^^

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by nicecuppatea | 2010-01-14 22:49 | 暮らしのアイデア | Comments(2)

夏のエネルギーを体に取り込もう…

ずいぶんご無沙汰してしまいました。最近なんだか仕事に追い立てられるような日常で(^^;寝るためだけのために家に帰っている感じ。余裕がありません、イヤなパターンです。

とは言っても、やりかけの仕事を残しても会社から帰れないし、締めが決まっていたら夜遅くまでやるしかないし。

昔は夏休みっていえば、やはり他のどんな四季の休みより、解放感がある特別なものだった気がします。夏の湿った大気、セミの声、蚊取り線香の匂い、そんなものが独特の空気を作り出してそれがそのまま思い出になっています。

中でも、私にとってなぜかミンミンゼミの声っていうのは強力な夏のシンボル。この音がしているのに「夏休み」モードでない自分はとっても寂しい状態にいる気がします。

山梨の畑も雑草に埋もれているとはいえ、この夏の日照りでスイカやモロヘイヤなどの野菜は堰を切ったように育ち始めています。焼けるような日照りの下ではじけそうな甘い水分を硬い殻の中に閉じ込めて大きく膨張するように育つスイカの実。水気の全くない乾いた畑で青々とした葉をものすごい勢いで伸ばすモロヘイヤの葉。

せめて。時に萎えそうになる都会の8月に、生命力を一杯蓄えたスイカや夏野菜をどんどん体に取り入れよう。
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寝るだけのために帰ってもそうめんに茹でて叩いたモロヘイヤ、きゅうりやナスのみじん切りの塩もみ、すりごまに青紫蘇のみじん切りをまぜて、体に流し込みます。
せめて週末までに、先週採ってきた野菜が全て体に取り込めるように。
by nicecuppatea | 2009-08-20 22:10 | 暮らしのアイデア | Comments(2)

ずんだれた週末

ここしばらく精神的にゆとりに欠けるなぁ…と思うペースで日々が流れている気がしていました。

何がバロメータかというと、私の場合、どれほど自宅にある野菜を使って自分で料理したか、ということ。生野菜だけではありません。去年のシーズンにたくさん収穫できて干しておいた干し大根、干しナス、干しゴーヤ、干し葉玉ねぎなどなど。ちょっと時間と手間をかけて自分で料理することでお弁当のおかずになるのだけど、その「ひとてま」をかけられず、平日は睡眠時間が惜しくて、すぐ寝てしまったり。

東京に留まる!と決めたこの週末は、そういう「今まで足りなかったもの」を取り戻す時。目覚ましをかけずに自然に目覚める嬉しさ(^^のんびりと起きて新聞に目を通し、散歩をせがむピーチをなだめながら、ゆっくりコーヒーをすすります。

その後旦那と一緒に、ピーチを連れて少し離れた商店街まで、「今日の食材」を買い求めに眺めの散歩にでます。ここは家から歩いて20分ほどのところにある昔からの商店街で、おでんのネタ屋さん、天ぷら屋さん、鶏肉屋さん、洋品店、刺身屋さん、と「どうやって儲けがでてるんだろう…」といらぬ心配をしてしまうような、安売りをしている古くからの商店が並んでいます。東京にいる週末はここでお刺身と煮魚や丸揚げ用のマルの魚を買うのが習慣になっています。

東京にとどまった週末、このあとどうするかというと、家にストックしてある野菜を総動員して下ごしらえをし、「天ぷら屋」になります。

野菜はタラの芽、ニンジン、新玉ねぎ、長いも、ミツバなど全て庭や畑でとれたもの。それに赤鶏の軟骨を「動物質」として加えて、大量の天ぷらを揚げます。
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これを、酒に強くない旦那はチューハイと共に、お酒が結構好きな私は白ワインと共に、お刺身もつまみながら2時頃からダラダラと飲み、食べ続けるのです(^。^)

3時過ぎには二人とも出来上がり、ホッと一息。お酒が抜けてきたら私はぬるいお風呂に本を持ち込み長時間つかりながら汗を流します。

夕方には再びピーチを連れて長い散歩に。だんだん日が長くなってきた今、これで「ご飯も食べたし、風呂も入ったし、ピーチの散歩もしたし!」と思ってもまだ明るい7時頃。あとはただただずんだれたままテレビ見たり、くだらないこと言ってだらだらして、9時頃には「いつでも寝られる」状態に。

何にも特別なこともないし、どこか特別な場所に行くわけでもない、お金をかけるわけでもないし、あまり褒められた時間の過ごし方でもないかもしれないけど…でもこういうのって結構、幸せの極みだなぁ、と思ったりします。
by nicecuppatea | 2009-05-17 08:22 | 暮らしのアイデア | Comments(2)

美しい剪定枝

先週末、山梨の家にいた時、久し振りに地域の農産物もちより市場、「農てんき」へ顔をだしました。近所の人がつくって安く販売しているしいたけがお目当てでした。

ここへ行くのはピーチも大好き。夏に行けば桃が食べ放題、秋には蒸した里芋やブドウ…と、お店のおばさんも何かとピーチにお土産をくれるので、お腹でよく覚えているカンジです。

「悪いわねぇ、今はなにもあげられるものがなくって」と言いながら、「そのお花、もっていってね」。

レジの隣には大きなつけもの樽がふたつ置いてあってそこには深紅色の桃の枝にびっしりとグレーの毛につつまれた桃のつぼみがついた枝がどっさり水につけてありました。

このへんの桃農家ではこれくらいの時期も、まだ桃の剪定をしている農家が多いのです。切り落とされた枝についているグレーの毛玉くらいの大きさの桃のつぼみは、そのまま水につけておくとだんだん大きくなり、真ん中からはピンクのシルクみたいな花びらが見えてきて、徐々にほつれてついには花瓶の上で鮮やかなピンクの花を満開に咲かすのです。
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一度咲こう!と思った花の勢いは、枝を切っちゃっても止められないのですね。

この時期切った桃の枝を水につけておけば花が咲く、というのは農家の人がみんな知っていること。でも、この時期以降、桃の花の摘蕾、摘花、摘果と追われる桃農家の人たちにしてみれば、「木についている桃」の世話をするので精いっぱい。切ってしまった枝にどんなきれいな花が咲くのであってもそれは正直、かかわっている時間も労力もない…のだと思います。

「農てんき」の素敵なところはこういう農家のやむを得ない落し物も目いっぱい活かしていること。剪定くずであっても、その枝を部屋に飾るだけでうれしい春の気配を一杯に感じられる人がどれほどいることでしょう。それを「ただで持っていけるように」するなんて、どんな高級スーパーでもできない、地元だけの、粋な計らい。

二束も桃の枝をもらって家に帰ってきて庭の剪定屑の山をみたら、ずいぶん前に切ったモクレンの徒長枝の先についた白モクレンのつぼみがほころびつつあるのを見つけました。桃の枝と一緒に大事に東京までもってきて一緒に瓶に活けてみました。モクレンなんて、今まで木のてっぺんでたくさん咲いている花、としか思わずまじまじと見たことがなかったけれど、一夜あけてさらにほつれてきたモクレンの花は、さながらカメオ細工。
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by nicecuppatea | 2009-03-25 21:19 | 暮らしのアイデア | Comments(2)