月夜の楽しみ

寒い夜というのは、甲府盆地の真ん中の場合、たいてい雲のまったくない夜です。そんな夜はとても寒いけれど、月が楽しめる夜でもあります。

都会にいると、あまり月の明るさとかって感じないものです。特に会社の周りはネオンが煌々と光る繁華街もあり、帰宅の時住宅地を歩けば、暗闇のスポットがないように数メートル間隔で街灯があります。(もちろんそれで安全だと感じるのですが…)夜は暗い…けれど電気があれば暗くない、都会に暮らすとついついそんな気になります。

山梨の家に滞在する週末、雲がなく月が高い夜は、ピーチを連れて街灯がまったくない桃畑へ夜の散歩に出かけます。
このあたりは甲府盆地のど真ん中。あたり一面に桃畑が広がり、その間を農道が網の目のように走っています。15分も歩けば川原に出ることもあり、昼間もかっこうの散歩道。収穫用に低く誘引された桃の木が道の両側から枝を伸ばし、春、夏、秋、冬と、違った色に囲まれた小径になります。

この時期の景色の色は「透明」。まだ冬の剪定を終えていない桃の枝は夏に伸びた形のまま、桃にかぶせていた白い紙の「袋」だけが花のようにまだ枝に残っていますが、全ての葉が落ち、枝がすけすけになった結果、はるか遠くの山肌の人家まで見通すことができるからです。夏はこんもりした緑の葉が回りの視界を覆って、まるで遠くは見えないのですが。

月のある夜、この真っ暗で葉っぱが全部落ちた桃畑を散歩すると、上空の月が道を照らして影ができるほど。街灯などなくても十分桃の畑の中を散歩できます。360度周りを山に囲まれたすり鉢状の盆地の真ん中だから、遠くの山肌の人家の光が葉の落ちた桃の枝の間から星のように見えます。音は全くないのですが、時折数キロ先を走っている中央本線の電車の音が聞こえたりします。昼間は聞こえないのに、夜になると遠くの音って聞こえるものです。

たかが月の光なんだけど、自然の光、ってなぜこう、うれしくなるんですかね?
# by nicecuppatea | 2008-12-09 20:28 | 里と野山 | Comments(2)

本格的な冬が来た!

山梨のキッチンガーデンには今年初の、本格的な寒波がやってきました。
朝目覚めて庭にでると、朝日を浴びた柿の木の幹から水蒸気があがっていました。
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畑でまだ緑色のハーブや野菜は軒並み白い霜のレースをまとっています。
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この場所が東京の都市部と違うのは、1日の寒暖の差です。土曜日の朝は氷が張り、今年初の霜柱が見え、最高気温は二桁にはならなかったはずですが、日中日差しのあるところでは、トレーナーだけで十分なほどの暖かさ。

こうなると畑の仕事も本格的な「冬越しの準備」が主になります。まぁ、本格的といっても別に本格的に農業をやっているわけではないので、大したことはないのですが(^^せめてひと手間かければ霜でのいたみを最小限にとどめて畑で冬を越せる野菜たちに、最低限の防寒をほどこします。日の当たる場所に植えてある聖護院大根は、土寄せをして半分以上地表にでている根の部分を土に埋め、上から不織布で覆います。夏は日が当たるけれど、冬は隣の家の高いヒノキの影になり、日陰になっている時間が長い、畑の端に植えてある大根にはビニールシートをかけます。

なんとか、ギリギリで葉っぱが巻いてきた白菜は、霜に当たって葉が茶色くならないよう、外葉をてっぺんで結びます。まだ結球した白菜は中の葉っぱが密ではないけれど、外側の葉っぱで無理やり結びます。なんだか、入門したばかりの力士が無理やりちょんまげを結っているよう(笑)
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これで大丈夫かなぁ…。でも、結球しなくても春になって花が咲くと、白菜の花ってとっても美味!だから結局楽しめるのです。(ちょっと負け惜しみ入ってますが。)

それにしても八百屋と見まごうほどの大根、白菜、サツマイモ、里芋の量…さぁ、これから冬を通して野菜、食べるぞー!e0151091_2204116.jpgと変なところで気合が入ったところで、昨晩はあったか「ほうとう」にしました。

アゲとお肉と麺以外はすべて畑の産物です。季節の献立って、その時期にある畑の野菜をうまく使うようにできているんですね。昨晩のほうとうは、ちょっと麺より大根が多かったけれど(笑)
# by nicecuppatea | 2008-12-08 22:17 | 畑の野菜・くだもの&いきもの | Comments(4)

焚き火番、早くも失業か!?

最高の焚き火番がいる、と昨日申しましたが、「実は焼き芋は焚き火が一番ではないかもしれない」と実感している今日この頃なのです。

今週、山梨のホームセンターで買ったのがこれ。その名も「陶器 焼き芋鍋」。わざわざ焼き芋をコンロで焼くなんて、私のポリシーに反する!と、感覚的に思っていたのですが…。
e0151091_21162844.jpg考えてみたらコンロで焼く焼き芋が嫌いなのではなく、「すでに何かの目的に使っている熱源を他の物にも利用する」っていう考え方がなんだか好きなのです。
ここでも「寒気がするくらいケチ」な私の面目躍如(^^

たとえば焚き火なら、畑の残り枝や草を燃やして嵩を減らすと同時に、炭をつくったり、畑に肥料として撒く草木灰をつくったりできますが、その火を使って「焼き芋までできる!」という事実が、単純にうれしいものでした。

ということで、もし焼き芋が焚き火でなく「ストーブの上でできる」なら、それでオッケー!!なのです。この「焼き芋鍋」は私のそんな理想を叶えてくれる、しかもお値段も2000円くらいの、うれしいもの。東京では使っていない石油ストーブの上に置いておくと、その熱でねっとり、甘い焼き芋ができました。
e0151091_21174749.jpg正直、焚き火でできた焼き芋より旨い…。これがあれば今年は小さい痩せた芋もまとめてこれで焼いて、寒風の下で乾燥させて、細かく切って、ピーチのトリーツに。

居間のファンヒーターの真ん前には畑でとってきたミントの葉を、籠にいれて置いてあります。これは乾かして来週会社で飲むミントティーに。ケチといわれようがなんといわれようが、こればかりは性分なのでしかたないです(^^;おいしいんだから、いいもん。
# by nicecuppatea | 2008-12-03 21:20 | 暮らしのアイデア | Comments(2)

最高の「焼き芋番」

イモ掘りの結果できたのが、大量のサツマイモの山。これだけたくさんサツマイモがとれたら、人間としてやらなければいけないことはなんでしょう?そう、焼き芋です!

毎年夏野菜の寿命が尽きるころ、たくさんの「枯れ枝」がでます。冬、乾燥が続いたり、霜柱ができたり溶けたりを繰り返し崩れていく土の上をできるだけ葉っぱや枯草で覆いたいと思うので、焚き火にくべれば燃えやすい葉っぱは、ぼんぼん燃したくなる衝動をぐっとこらえて、できるだけ燃さない(^^それで去年の剪定屑の山で分解しきれなかった太い木の枝や、ナスや綿花の木質化して、重ねて腐敗させるには枝の広がったような木だけをなるべくよって、キッチンガーデンの空いているところで焚き火をします。

毎年焚き火には心強い「火番」がいます。数ある好物の中でも「やきいも」がトップ3に入るウチのピーチです(^^;「この火の中に焼き芋がはいっている」と理解すると、何時間でも火の隣でいい子に座って待っています。ということで、最初は細くて小さいイモを一つ火の中に放り込み、それに適当に火が通ったところで、よくよく冷ましてちょっと味見をさせてあげます。

その後はたとえ煙が目にしみようとも、リードにつながれていなかろうとも、私がそばにいようが、離れたところで芋を掘っていようが、微動だにせずそこで伏せています。
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ようやっと焼けた焼き芋。さすがにこれをあげないわけにはいかない(笑)いぢわるくも、目の前で二つに割って…

まだ待て。
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まーだ。
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よし!
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たんまり焼き芋を食べた後は、これまた人間と一緒でお●らがでるらしい(笑)ときおり「プッ」と音がすると「あらやだ!」って感じで自分で驚いてその場を走り去る姿がちょっと恥じらっててカワイイ…♪
# by nicecuppatea | 2008-12-02 21:51 | ピーチ | Comments(4)

秋から冬へ

三週間ぶりに畑を訪れてみたら季節はすっかり秋から冬に変わっていました。

e0151091_2144764.jpg茶色っぽくなってきた景色の中でひときわ目立つのは、柿の実。枝に残って濃いオレンジになった柿の実は熟すと透明感を増していき、こうなると月が欠けるようにだんだんと上のほうから鳥に食べられて減っていきます。

心配していた干し柿も、雨が少なかったおかげで、順調に乾いてきています。

畑は、絵の具のパレット全体の色が変わってしまったような色の変わりよう。やはり大きな部分を占めていた「イモ類」が全て霜に当たって葉っぱが茶色くなってしまったからでしょう。あんなに威勢よかったサトイモも一度霜にあたると葉っぱの組織が壊れてしまい、茶色くべっとりと濡れたような葉っぱがただべったりと地表にはりつくばかり。

夏の間、せっせと刈り取っては茹でて、たたいてソウメンやご飯にかけてネバネバ食を楽しんでいた青々としたモロヘイヤも、茶色い枝と少々の種の鞘だけが残っています。その隣には私の背よりはるかに伸びた和棉「会津」が立ち枯れて、そこここに真っ白な綿雪のような綿花を際立たせています。たった2ヶ月前、緑濃い綿花とモロヘイヤの茂る様は猛暑の下で、さながらエジプトのような光景だったのに(^^こういうのを見ると、理屈でなく、四季のある日本で季節の流れって本当に早いと実感します。

倒れても、抜かれてもひたすら伸び続け、花をつけつづけていたコスモス。
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全てが枯れたら、根っこのほうに隠れていた、取り忘れた小さなカボチャがでてきました。
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こうなると急がなければならないのは寒い季節を嫌う芋たちの堀り上げです。去年は何も知らずに、喜んで大きく太ったサツマイモを掘り上げた後、室温が下がりすぎる田舎の家に放置したら半分以上が凍みてだめになってしまいました。サトイモも霜にあたると中身がスポンジのようになってしまいます。

…ということで、今日は盛大に芋ほり大会となりました~。サツマイモのツルは先々週まで近づくもの全てを覆い尽くすほどの勢いでしたが、厚かった緑のじゅうたんは今では茶色い、ぐっしょりとした枯れ葉の海に変わってしまっているので、土・日はせっせとその半濡れのツルを引っ張りながらサツマイモを掘り起こします。前のシーズンにはジャガイモを植えていたところなので、サツマイモと一緒に残りジャガイモが同じところから掘れました。
e0151091_21522028.jpgサツマイモは「べにあずま」。

暖かくならないと親芋から芽をださないので、5月ごろ定植するためには、温室などで早く育てた苗をホームセンターなどで買い求めて、それを植えるのが普通です。

これまた私はケチなので(^^、昨シーズンうちのキッチンガーデンで育った芋をそのまま畑に埋め、6月下旬、そこから苗が育ってくるのを待って、それを切り取って20本ばかりの苗を植えたのです。これだけ遅いと芋も大きくならなかったかも…という期待をそれなりに裏切り、それなりの芋がごろごろと出てきました。去年は5月に苗を植えたら、芋とは思えないようなまんまるな形に大きく太ったサツマイモがごろごろ取れました。でもあまり大きくなりすぎたからかどうか、堀り上げてみたら、芋の下半分がすっかりハタネズミに食べられてなくなっていたりしたものです。ことしはネズミを惹きつけるほどではなかったのか、食害はまったくありませんでした。

なぜは私は軍手をして作業するのが嫌いで、時に一人ニヤけながら素手で土の中に手を突っ込み「探り堀り」をしつつ、畑の隅はエノコロ草も茂り放題だったので、時に格闘しながら芋のツルとエノコロ草の根っこを端から引き抜いていきます。

夜、お風呂に入って改めて手のひらをみると、気づかなかった小さい切り傷や擦り傷がたくさん。あまり通訳のようなことをなりわいにしている人間の手には見えません(^^。せめて月曜日に会議があるから、爪の間の泥はきれいに落としていかないと(笑)
# by nicecuppatea | 2008-12-01 22:04 | 畑の野菜・くだもの&いきもの | Comments(0)

畑に行くぞ!

ようやっと週末にたどりつきました。なぜだか今週はやたらと消耗しました。突然寒くなったし、今回引いた風邪は長引いてなかなか抜けません。しゃべる仕事ゆえ咳がでてほしくないのだけれど、ノンストップでしゃべり続けていると、止まった瞬間咳が出てとまらなくなったりして。しかし、弱ってる場合ではありません。週末は3週間ぶりの田舎滞在です!

金曜日の夜、週末分の食料や何かを全て荷造りして、チビ太(ウチの5歳になるサバトラネコ♂)をケージに入れて、とりあえず東京の家を綺麗にします。次にここに帰ってくるのは日曜日深夜。あとは月曜に会社にいくだけですから…。冷蔵庫の残り物なども整理して、大荷物を車に積めこみ、人間二人とピーチ、チビ太が車に全員乗り込むのは結構な大仕事。

それで東京の家を夜10時前後に離れると、田舎の家に着くのは真夜中近く。助手席にいる私は、首都高を抜けたあたりで既にうつらうつら状態。真夜中に過去数週間人けのなかった家に着き、寝ぼけたまま部屋に入ると、そのシンとした寒さが益々こたえます。それでも少し無理をしても金曜日のうちに田舎につく、というのがミソ。翌日土曜日の朝を、田舎の空気の中で迎えられるのですから。

週末に山梨に行くと、なぜか土曜日の朝、ピーチがとても張り切るのです。平日は、東京で朝6時半に目覚ましをかけて、私が布団から起き出しても、私の布団にもぐりこんで「真一文字」に伸びきったまま寝ているので、ふとんは「まだ誰か寝ている」とすぐわかるほどこんもり盛り上がったままなのに。

山梨での土曜日、何を合図にするのか、朝6時をすぎると彼女はむっくりと起き上がり、しばらく私の枕元に座ったままボーっとしたかと思うと、やおらある「決意」を持って私の顔中をなめだすのです。実は一度、私は「寝たフリ」をして(なぜ犬に寝たふりをしなきゃいけないのか…)薄目を開けつつピーチの行動をつぶさに観察したのです。私はなめだされると当然の反応として布団の中に顔をうずめます。ところが彼女はいったん「なめあげる!!」と決めたら、私がどんなに布団に顔をうづめようとも執拗に自分の頭を布団に突っ込み、「あーー、わかったわかった!」と私が言いながら布団からしぶしぶでてくるまで、「徹底的に」なめ続けるのです。たいてい山梨での朝一番にするのは、桃畑を抜けて、川原に沿ってあるく約1時間の散歩。ほぼノーリードで歩けます。

それが楽しみなのかな?

でも今週は畑でやることがいっぱい。金曜日の夜の今から武者震いをするほど(笑)風邪など引いている場合ではありません。犬の手も借りたいくらいなので、散歩を少し短めに切り上げて畑で一緒に時間を過ごすとしようか。焼き芋なんかすれば、きっと喜んで焚き火の番をするはず…。

なんて言って田舎に行く準備をしていたら、そのピーチが…
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この惨状の「モト」が何であったかは、11月22日のブログの「紅葉色のバスケット」をご覧ください(泣)
# by nicecuppatea | 2008-11-28 19:46 | 畑の野菜・くだもの&いきもの | Comments(2)

初霜とスロー・ジン

そろそろ12月。山梨のキッチンガーデンも初霜がとっくに降りているでしょう。3週間も畑に行かないのは、いったいどれほどぶりでしょうか。

畑に霜が下りると、それまで頑張っていたトマトなどは一晩にしてしんなりしてしまい、それで寿命が途切れます。あーぁ、一生懸命頑張ってくれていたからきちんと最後のお礼ぐらい言っておきたかったなぁ…(?)

早く収穫しなければ寒さにあたるとダメになってしまう野菜は他にもあります。冬掘り用に、と植えていたジャガイモも枯れているでしょうし、サトイモも早く堀りあげないと。2週間前の週末に見た時にはわさわさと茂っていたサツマイモもべったりと上部は枯れているでしょうし、放っておけば寒さで芋も痛んできます。今のキッチンガーデンには「初霜」を合図にひとつの世代が終わる野菜たちがいっぱいいるのです。

イギリスにいた時、これとは真逆に「霜にあたる」のを心待ちにしていたものがありました。「スロー・ジン(Sloe Jin)」のなかにつけこむ実として知られている、ブラックソーンの実(スロー)です。霜にあたるまで収穫を待つと甘くなり、それを漬け込むとおいしくできる、と言われています。

ブラックソーンは辞書でひくと日本語で「スピノサスモモ」とか「リンボクの一種」とか書いてありますが、イギリスのカントリーサイド(端的に言えば日本語では「里山」か)の生垣に欠かせないサクラ属の木みたいなのです。たいていはヤブみたいになっています。春の早い時期、葉が出る前に花が咲くのもサクラやスモモと一緒。まだ他の木が裸のままの時期にそこだけ白い花がつくので、それがブラックソーンの木とわかります。原種に近いからでしょうか、花びらはサクラやスモモよりずっと小さい、可憐な花です。

正直、私は可憐な花にはあまり興味はなく(^^、ブラックソーンの木に俄然注目しだすのは、秋以降でした。スロー・ジンをつくるのに、「どこに生えているブラックソーンの実が一番大きいか」めぼしを付けるためです。とにかくカントリーサイドにいけば生垣にはたくさんのブラックソーンの木があるのです。旅行で訪れたイギリスで初めてブラックソーンの実がたわわに実った生垣を見つけた時は「これブルーベリー??」と思って嬉々として袋いっぱいに摘んでから、ひとつ食べたら口の中がガジガジするほどすっぱく、とても後悔しました…。とても生で食べれるシロモノではなかったのです。食って確認してから摘めよ、って感じですが(笑)この、ブルーベリーよりすこし大きいスモモ状の実は秋口に成りだして、熟するにつれ青い実は黒味を帯び、最後は霜が降りた後、葉っぱが全部落ちてトゲの目立つ木に、実だけ残っているのです。ちなみに「ブラックソーン」とは日本語で「黒いトゲ(のある木)」。

イギリスに滞在しながらカントリーサイドに暮らす人たちの歳時記みたいなものに触れる機会もあり、スローがどんなものなのか、どうやったらおいしく使えるのか、折に触れ教えてもらったりもしました。

「最初の霜に当たる前のスローは食べてもおいしくないよ。鳥だってたべないんだ。霜に当たると甘くなるから。それを摘んで、半分飲んだジンのボトルに針でつついて穴をあけたスローとたっぷりの砂糖と一緒に漬け込むんだ。クリスマスごろから飲めるようになるよ」と教わりました。といっても、霜に当たる前にも鳥はがんがん実を食べてたし、クリスマスにあわせてその年のスロー・ジンがおいしく出来たこともなかったけど。

彼らの作ったスロー・ジンは、砂糖の加減もあるのだろうけど、むっちゃ甘い!のです。ドロっとするぐらい。これも「自家製梅酒の砂糖の量」といっしょでそれぞれの家庭で違うんでしょうかね。暗く、長く、寒いクリスマスの頃の夜、暖炉の前でこの濃い赤ワイン状のお酒を小さいグラスに注いでちびり、ちびりと飲む…この絶望的な季節に身も心も温かくなるにはこういう甘くて強いお酒がいいのかな、と思わされました。
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スローだけでなく、私の住んだイギリス南部の生垣(ヘッジローと呼んでいました)にはたくさんの実のなる低木がありました。私みたいな「実好き」にはたまらない環境です。

それらを季節に合わせて「ある分だけ」生活に取り入れておいしくかつ贅沢でなく楽しむスタイルは、イギリスから帰国後、全くペースが違ってモノの有り余る東京に暮らしていても、たとえ無理して都会と田舎の往復を繰り返してでも(笑)、実現させてみたい、私の憧れです。
# by nicecuppatea | 2008-11-26 22:03 | イギリスでのこと(季節) | Comments(4)

一番都会的なのは誰?

昨日は、快晴でそれほど寒くもなかったので、ピーチと連れだってダンナと3人(?)で史上最長(都心周遊5時間コース)の散歩に出かけました。

まず家からいつもの公園を抜けて歩いて30~40分で後楽園のLaQuaに。以前は「古びた遊園地」の代名詞みたいなところでしたが、数年前に「入場料」をとる遊園地ではなくなり、スペースは無料で解放されるようになりました。そこには噴水や夜にライトアップされる樹木、その下にベンチなどがつくられ、その周りにレストランやテイクアウトのお店、スパが並び、メリーゴーランドやジェットコースターは一回ごとに料金を支払うような形になりました。

人が集まる木の下のベンチ、明るい噴水やメリーゴーランドが見える広場は、すぐ私たちのお気に入りの夜の散歩コースになりました。夜はきれいにライトアップされるし、傍でコーヒーも買えるし、何よりピーチも一緒にテーマパークみたいな雰囲気の中に入れるのがいい♪もとのままの遊園地だったら盲導犬のフリでもしなければ、ワンコと一緒には入れなかったでしょう。

どうもピーチもうれしいらしい。彼女は大の人好き。というか人に見られることが何より好きな犬なのです。ダンナがコーヒーを買いにいっている間、私とピーチは家族づれでにぎわうベンチで、腰をおろして待っています。ピーチは黙って私の横で伏せています。

「あら、おりこうそうなワンちゃん♪」と誰かが一声かけようものなら、んもう、「私はおりこうなんです!」というこれ以上ないほど賢げな表情を見せてその人になでられています。

考えてみるとラブラドールという犬は人と一緒にいて、人に仕えることを喜びとして長いこと人間と生活してきた犬です。ともすれば留守番が多い平日は、かなり寂しい思いをさせているでしょう。田舎に行って、隣近所のおじいさん、おばあさんがくれば大喜び。たまにウチの母が一緒に来た時など、隣の畑で母と農家のおじさん、ピーチがあたかもしゃがんで一緒に井戸端会議をしている様な光景を目撃することもありますし、食卓で近所のおばさんたちと一緒に話をしていた時もありました(笑)

とにかく、人と交わっていること、人に注目されることが至上の喜びらしい。

最近夜の散歩では「人や車が少ないから」とお店や人通りの多い大通りから一本中に入った、大通りと並行して走る静かな通りを歩くようにしていたのですが、いつの頃からか曲がり角に差し掛かるたびに何かの意思表示をするように、立ち止まり動かなくなるのです。「大通りがいいの?」というの「そう」と言わんばかりに私たちを先導して人通りの多い大通りに行こうします。そんな時、私にはどう見ても彼女が笑っているように見える。

昨日は、水道橋から一ツ橋を抜けて皇居の周りを通り、有楽町の東京国際フォーラムへ。普段は通らないような道を歩いたのですが、前に東京ドームそばの大通りで信号を待っていて大事な「しっぽ」を踏まれたことがあったので、それじゃあかわいそうだと、ここでも大通りに並行して走っている人通りの少ない中の通りを歩いていました。すると再び角を通り過ぎるたびに歩調が遅くなり、ついにある角で立ち止まりました。そこで仕方ないのでその角を曲がり、並行して走る大通りに出ました。また得意げに歩いて行くピーチ。そこではたと気がつきました。「人がたくさんいるところ、人に声かけられるところを歩きたいんだ…」

「まさか~!」と言われるかも知れないけど、コイツは絶対、「意志を持って」人がいる、賑やかな道を好んで歩きたいと思っているとしか思えないんです~~(^^この心に一物ある時の、ワンとも思えない人間的表情としぐさを見よ(笑)e0151091_20265753.jpg




























結局このウチで一番都会生活を謳歌しているのは、実はピーチかも。昨日はオープンしたばかりのピザ窯をしつらえたガーデンレストランも「ワンコOK!」って言ってくれたし。たまには週末に都会を歩くと色々と新しい発見があって、それはそれで新鮮かも。
# by nicecuppatea | 2008-11-24 20:34 | ピーチ | Comments(4)

都会での生ゴミ処理

久々にゆっくりと予定の入っていない東京での休日です。どっぷりと「スローな仕事」を片付けることに。たとえば:

その1.去年収穫してあってまだ手づかずだった高キビを脱穀・調整(ことしのがそろそろ乾きあがるから)
その2.去年収穫してあって、まだそのままだった落花生の塩ゆで(ことしのがもう獲れちゃうから)
その3.どっさり取ってきてそのままだった韓国唐辛子を切って乾かす
その4.乾かしてあったオレガノでリンスをつくる
その5.枝ごと収穫した綿花からコットンボールをとる(半分はそのままドライフラワーに♪)

e0151091_23115096.jpgこういうことをちぶちぶ台所でやっているとものすごく生ゴミがでるのです。

田舎だとどこの家も庭や畑の片隅に大きな穴が掘ってあったり、コンポスターがおいてあって、そこに生ゴミは落ち葉と一緒に投げ込めば、匂いもしないし、気がつけば土に戻っています。大したことではないのだけど、私はそれを見るのがとても気持ちがいいのです。生活の「ゆとり」のバロメーターとでもいうんでしょうか。ちょっと変わってるとは思いますけど(笑)

都会というのは、毎日の暮らしの中からでてくる有機ごみが自然にもどるようなスペース的なゆとりも、時間的ゆとりも持ち合わせていない気がします。匂いがでれば近所迷惑だし、葉っぱや小枝を家の敷地の隅に積み上げても「汚い」とか「片付いてない」と見られちゃうし…。 そんな状況の中では、生ゴミはとりあえず自分の目の前から消すために「燃えるゴミ」として出してしまうしかない。

とはいえ、生ゴミや庭の剪定屑など、決まりといっても「燃えるゴミ」にだす、っていうのはモノの「巡り」をぶつ切りにしているようで、私にはどうも気持ち悪くて…。ということで、都会での苦肉の解決策としてウチでは生ゴミはすべて電気式の生ゴミ処理機にいきます。

「電気を使ってなんて…」と、最初は思ったんだけど、自分の生活の中からでた生ゴミが、20センチちょっと四方の四角いスペースの中で人工的とはいえ、色々と混ざり合って土に戻るプロセスを自然の「早回し」みたいにして見ているのは、なんとなく興味深い(笑)だんだんこれひとつでひとつの生態系みたいに思えてきて、水分が増えたなーと思えば古いドライフラワーとか切り刻んでいれてやったり。水分が少なくて嵩が多いかなーと思ったら野菜の生葉や、魚のアラをそのままちょっと加えてみたり。ちょこちょこ微調整しながら発酵具合を「どれどれ」と、朝覗いたりしています。

水分が抜けて茶色くなり、ある程度嵩の減った生ゴミはにおいもなくなります。こうなったらごっそり袋につめて田舎へ持って行き、畑の土にすき込みます。

でも結局、電気で生ゴミ分解して、車で田舎に運んでるんだもんなぁ(笑)ここでも都会のスローライフは矛盾がいっぱい。

それでも今日も一日の台所仕事の終わり、乾いた枝屑や野菜の切れ端、落花生のカラなど、どっさり生ゴミ処理機にいれて、下準備の終わった落花生や高キビがきちんと冷凍庫へ入ると、とりあえず都会に住みながらも生態系の一部に参加しているような気分になります。

ま、変わっているとは思いますけどね(^^
# by nicecuppatea | 2008-11-23 23:25 | もったいない | Comments(2)

スローな週末の喜び

昨夜会社から家に帰ってきた私は、ダンナによるとやたらと機嫌が悪かったらしいのです(笑)そんなつもりはなかったのですが、朝から何やかやと会議通訳で忙しかった上、風邪が抜けきらず、体力を消耗していたからかもしれません。

帰宅して、夜にピーチ(ウチの健啖ラブラドール)の散歩にダンナと出かけても(自分ではそんなつもりはないのだけど)気分が変わりきらなかったのか、私の言動は「すごくつっかかるぞ」とダンナ。そんな私に腹を立てたダンナにわたしもプチ逆ギレしたり…こんな不毛な日はお互い早く寝るに限るのです。

そして早く寝て、目覚ましの音もなく自然に目が覚めた週末の朝の喜び♪
昨日とうって変わってさわやかに朝の散歩に出かけます。やっぱり睡眠って大事ですね(^^
私はもともと時間さえ許せば、他の人なら絶対「暇だねぇー」というような、つまらないことに時間をかけたい性分。近くの公園の葉っぱの減った木を見上げながら枝の間を「鳥の巣、ないかなー」と探したり、こんどは地面をみながら「きれいな葉っぱ、落ちていないかなー」と探したり。公園の奥には大きな銀杏の木が数本あり、そばまでいくとご夫婦が私たちに背を向けて一心に銀杏を拾っていました。私たちに気がつくと、ちょっと「ライバル出現!」という緊張感(?)が背中から感じられました。なぜか銀杏拾いとかって人と張り合う雰囲気がありますね。

でも私が探しているものは誰とも競合しない「赤い葉っぱの柄」(^^こんなものを拾おうとしている人は、少なくとも東京のど真ん中のこの公園には私以外誰もいないでしょう。カエデ系の大きな落ち葉の葉柄は鮮やかな赤に染まる時期。それを集めて、しばらくぶりにちっちゃい紅葉色のバスケットを作りたい!e0151091_23282296.jpg
イギリスでバスケット編みを習ったとき、当然ながら先生が使っていた素材はウィロー(柳)でした。
でも実際、くねっと曲がる枝なりつるなら何だって使えるのです。私はハニーサックル(スイカズラ)、ライムトゥリー(西洋菩提樹)、ドッグウッド(ハナミズキ)など、色がきれいだったり、単に林の刈り込み作業で大量に手にしたツルや枝でバスケットを編んでみました。そのうちのひとつがシカモア(セイヨウカジカエデ)の葉っぱの柄でした。このシカモアという木、イギリスの森林保全活動の中ではどんどん広がるので、かなりの嫌われ者でしたが、それはどこへいっても秋にはこの葉っぱのきれいな赤い葉柄が集められるという事。私はシカモアの木を見つける度に嬉々として、「もっと長くて、もっと鮮やかな赤い柄を…」と葉っぱを拾い集めたものです。
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東京の公園には同じようなシカムアの木はなかったけど、似たような赤い柄を集めて、小さいバスケットを作ってみました。大した出来ではないけれど、無心にちっちゃい葉っぱの柄で遊べる感じがいい♪

隣のちっちゃいバスケットは以前編んだ藤ヅルの残りを割いて遊んでみたもの。いつも朝の出勤間際の時間になると「あれ~、鍵知らない?」とかやっているので、これを鍵入れに任命しよう。
# by nicecuppatea | 2008-11-22 23:38 | バスケット編み | Comments(2)