スローライフの対極で・・・

ここのところ、なんだか毎日会社の仕事に追われて「スローな」ライフスタイルにはおよそ無縁な生活を送っています・・・そうるすとブログのアップもついついまばらになりがち・・・。

今日は再び海外からのエグゼクティブが来日し、業績祝いとやらでトップから30人くらいの日本語話者、非日本語話者入り乱れての立食パーティーの通訳となりました。

余談ですが、私はアルコールの入った席での通訳が嫌いではありません。日本人はえてして夕方6時までは品行方正、自分の意見を言うよりは人の意見に合わせ、あまり「自己表現」をすることをよしとしない民族性に見受けられます。、それが午後6時を過ぎ、魔法の水が入ると同時に、それまで表現できなかった自己の思いなどをかなり雄弁に語るようになるのです。それを通訳するほうが、「アリバイ作り」的な会議の同時通訳をするよりよっぽど実があるというもの。

アフター6とビフォー6をきっちり分ける西洋の人の中には驚く人もいるかもしれませんが、日本の「ビジネスマン」の本音を聞きたければ、午後6時以降、アルコールを入れて胸襟を開いたコミュニケーションをしなければ難しい・・・とわかっていてもそれに付き合える外国人とそうでない外国人がいます。それに付き合うことをよしとする外国人は何としても助けてあげたくなります。

そんなこともあり、私は多少ろれつが回らなくとも、自分の心の中にあることを正直に語るような「飲みの席」の通訳を、自分もたしなみながら行うことを好むタイプ。気がついたら日付が変わるまでひたすら呑み助のおじさんの間に入って通訳していた・・・なんてこともざらです。

それが、好きなのです。共通の母国語の持たない人同士が、その言葉の違いをさておき、自分と違う文化の中に入り込み、とことん「その人」のことをわかろうとしている・・・と感じると、もうどんなことでも助けてあげたい、と思ってしまう・・・。これは「血」なのだと思います。

今日の立食パーティーは、「通訳さんは会費はいりません」との幹事さんの声。私はひたすら飲み、食い(^^;)、母国語を共有しない人の間で会話が発生したと思えばそこのコミュニケーションのお手伝いに飛び込んだり、普段あまり話す機会のない日本語オンリーの人に私の「通訳をつかわなければ会話ができない人は外資では昇進はできない、なんて思わないで、私を使ってください~~!」と日頃の心意気をお伝えしまくります。

結局戦略だあ、なんだと言っても会社って「人」のやっていること。人の気持ちで1になることもあれば10になることもあるのだと思います。どんな生業の会社であれ、そんな状況の中で母国語を共有しなくてもメッセージを共有しなければならない従業員たちの間で、コミュニケーションの介在のために存在するのは、自分が100%自分の力を投入してぶつかりたい、と思える仕事。自分がそんな風に思える職種に巡り合えたことに幸せを感じます。

「nicecuppateaさんがこの会社にいてくれてよかった、ずっとこの会社のコミュニケーションの仲介として働き続けてくださいよ」と、最近外資から転職してきた管理職の人が言ってくれた・・・それを半分酔っ払いながら有頂天で聞いていた気がしますが、それって幻だったのかな。

会社ではひたすら裏方の通訳仕事だけれど、こんな飲みの機会などに、誰かが喜んでくれている、見てくれている、そう気づかせてもらったりすると、もうどんな高い木にも登ってやろう・・・と思ってしまう、おだてられ上手な通訳者なのでした(^^;
# by nicecuppatea | 2009-01-22 00:00 | 会社でのこと(通訳) | Comments(4)

真冬の風景

今がまさしく寒の底、でしょうか。。。先週土曜日、明け方に到着した山梨の畑近辺はマイナス5度。畑を見回しても、湿ったものの何もないカラリと乾いた空気が頬に刺さります。

2週間ひと気のなかった田舎の家はシンとして床の底から冷えていて、屋内と屋外と全く気温差はありません(^^

そんな中でなんとなく心配していた沢庵も水が上がっていました。重しとフタは10センチくらい下に沈み、漬物石も大根からあがってきた水分に半分沈んでいます。多少水分の抜けた乾きめの大根にさらさらの糠と塩をまぶしていっただけなのに、こんなに水分が上がってくるとは、すごいものです。毎年行っている人にはふつうの光景なのでしょうが、あらためて食べ物を「保存する」という先人のつくってきた知恵に感じ入ります。
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部屋の中はあまりに寒くて冷蔵庫を開けるとその中の方が暖かいくらい(^^バナナ、サトイモ、サツマイモといった暖地系の食べ物のおき場所さえ気をつければ、食物は夏に比べて傷まないので、気が楽です。

甲府盆地は雪がふらず、本当に寒いときはカラカラに乾燥します。そんな時、雑草の生えていない、半日日陰の畑の土などは、スコップも鍬の歯も立たないくらいがちがちに凍ってしまいます。日当たりの良い場所であればそこまで凍ることはありませんが、毎日霜柱ができたり、解けたりして雑草は根っこから浮き上がり、土はパサパサに乾燥し、ビニールのマルチなどをつかわない私の畑では、真冬を苗のまま過ごすたまねぎなどは乾燥と凍結で枯死してしまうこともあるので、せっせと落ち葉で地表を覆います。

そんな中でも元気に緑の葉を広げ続ける野菜もあります。これは三寸ニンジン。
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まだ暑い時期に種まきをして、乾燥ぎみの気候の中で発芽率は良くなかったのですが、いったん大きくなったニンジンたちは他の葉が霜に当たって枯れてしまったり、しんなりしてしまっている中でもまるで影響をうけず、青々としています。こんなに寒さに強いなんて、知らなかった。

こちらは何の畑だかわからなくなっちゃった感がありますが、にんにくの芽です。
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雑草と、あちこちに種を飛ばして畑中から芽吹いているカモミールの苗に囲まれています。草が生えていればそれだけ霜や乾燥による土の侵食も和らげてくれるので、あくまでこの雑草園化したにんにく畑は春までそのままにします。あんなに目の仇にして夏には抜きまくった雑草ですが、冬には愛しく見えて抜かずに大事にしてるんですから勝手なもんですよね(^^
# by nicecuppatea | 2009-01-19 20:07 | 畑の野菜・くだもの&いきもの | Comments(0)

気が小さい…

世間でよく言われるのは「猫は尻クセがいいものだけど犬はねぇ…」ということですが、我が家ではその通りにはいきません。

ピーチはまだ仔犬だった頃、犬を飼うのが初めての私たち人間が、ケージの中の寝どこと一緒にトイレシートを設置してしまったがために、ケージから出して部屋のじゅうたんの上に放されたとたんに「チピチピ…」としでかしてしまうことがあった以外、全くおそそをしていません。もちろんこの場合は、「寝どこでおしっこなんてできない!」と仔犬ながら思っていたであろうピーチのキモチを全く理解していなかった我々人間の方に非があります。

ひるがえって世間的に「尻クセのいい動物」と言われている猫のチビ太。
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こんな格好で寝てはいますが、これがもうばかばかしいくらい神経質で、我々人間がどんなにいろいろ試してみても、おしっこが家でうまくできません…。とにかく気が小さくて、おしっこをするまでの動作の中でいろいろなことが気になって仕方がないようなのです。

家の中にも「猫砂」を敷いたトイレがあるのですが、まずなかなかそこに入ってくれない。最初はそのトイレが小さすぎるのか、と思って大きいのに買い替えてみましたが駄目。肉球の間に挟まる大粒の砂の感触が嫌なのなら、と粒子の細かい砂に変えてみたり、気が散るのかもしれないと思って二方面を壁で囲まれている角にトイレの位置を変えてみたり…それでも駄目。かと思えば、猫トイレのそばに夏に収穫した「ニガウリ」を数本置いておいたら、その恐竜の皮膚みたいな形が怖かったらしく、その場所に寄り付かなくなる始末。また向いの家の解体が始まって大きな音がしだした、と言っては神経性の膀胱炎になっておしっこが出にくくなり、血が混じったりします。獣医さんにいっても「神経性の膀胱炎は薬は効かないんですよ~」と言われるばかり。

東京ではこんなに神経質で、人がなでていても時々突然歯を立てたり、何となくイライラがつのっている様子のチビ太ですがすが、田舎に行くとその様子も一変します。夜は良く寝るし(夜行性なはずなのに!)、人になでられていてもまるで引っ掻いたり歯を立てることがありません、何と言ったって、庭にでれば縁側の隅などにいくらでも乾いたさらさらの砂があるのですから!(東京ではご近所の庭でこんなことをやったら苦情に発展しかねません…)用を足している様子を遠くから見ていると、コトをなし終えた後、ブルッと身震いをするとものすごい勢いで庭を走って柿の木のてっぺんまで走って登ります。あぁ、気持ちいいんだなぁ、とみているだけでわかる光景(笑)下種な話ですけど、人間だけでなく、動物にとっても田舎で満喫できる気持ちのゆとり、スペースのゆとりって貴重なんですね。
# by nicecuppatea | 2009-01-14 23:22 | ピーチ&チビ太 | Comments(2)

一か月遅れの沢庵づくり

今週末は東京にいたのですが、これは先週末、田舎での話。

前回に田舎に滞在した時、次にここに戻ってきた時に向いに住んでいるおばあさんから「たくあんづくり」を教わる、と約束していました。前週、軒下に干しておいた大根を見てみると、いい具合に乾いてきています。沢庵づくりには「つ」の字に曲がるくらい大根がしなしなになるといいといいますが、ちょっと「く」の字っぽいものも。おばあさんが「まあいい」というのでこれくらいでつけこむことに。

さて、前回おばあさんに「特別準備するものは?」というと「糠だけ買っといて」。まさかと思い「それ以外は?」というと鷹の爪、昆布…という。いつもつけものを漬けている人おばあさんにとって「何を準備するか」なんて質問はあまり答えやすい質問ではなかったかも。

ビギナーの私は、「たぶん塩もたくさん、それ以外に漬けだる、ふた、重石…」と考えて20年前からほとんど手つかづになっている物置を物色してみると、それっぽい壺、割れたふたが見つかりました。それを用意して、言われたとおり干し大根の葉っぱとひげ根を取り除き、おばあさんを呼びに行きます。日向での無言の作業を続けていると、ピーチは退屈らしく…(笑)
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おばあさんは私に新聞紙を広げさせ、その上に適当に糠を広げるとそこに、適当に塩を混ぜ、それを手で混ぜ始めました。「こんなもんでいいら」。恐るべき目分量(^^;そして壺の下から順々に大根、糠、適当にちぎった唐辛子、適当に切った昆布をちらして、再び大根を詰めます。上に来るに従ってだんだん壺の幅が広がって来ると、さっき大根から切った先っぽの葉っぱのからからに乾いたものを無造作に間に突っ込んでいきます。
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「無造作」かと思いきや、私の糠のかけどころが甘いと「そこじゃなくて」と細かいチェックが入ります(笑)無造作に見えて、絶妙の自分の塩梅が確立しているのかもしれません。できるだけ大きい石を乗せて、と言われて庭にある大きな石を二つ乗せて、今日は完成。

かくして、思いのほか豊作だった大根を有効に使うため、世間様より1か月遅れて思いつきで沢庵漬を決め、恐るべき目分量で漬け込みが終わりました(^^これでどんなものができるでしょうか…でも、この緩ーい感じが自分には合っている気が(笑)おいしくできれば万々歳だけど。食べれるのは今月終わりでしょうか。

水が上がっていればいいけれど。
# by nicecuppatea | 2009-01-12 22:55 | 野菜&実の加工 | Comments(0)

冬の生垣づくり

先週金曜は東京に降った雨にも雪がまじって本格的に冬になってきた感じがします。バスケットを編む時に使うツルなどの収穫は冬が一番。なぜなら植物はみな活発な成長を止めて葉を落とし、ツルなども水分をあまり含んでいなくて締まっていて乾きやすいし、そのまま編んでもあとから縮む割合が少なくてすむからです。植物が春に備えて、この時期は生命維持の活動レベルを最低限まで落としているからでしょう。そういう、植物が「寝ている」状態の時が、植物の「植替え」には一番いい時期だと言われています。

イギリスにいた時、毎週南部ハンプシャーの里山で地元のボランティアのおじさんたちと里山の景観・生態系維持を助けるようなボランティア仕事をしていましたが、この時期の定番仕事がhedgelaying(ヘッジレイイング)という「生垣づくり」でした。

ハンプシャーなどイギリス南部の伝統的景観に生垣(ヘッジ、ヘッジローとも言います)は欠かせないものです。作り方は地方によって多少の違いがありますが、どれも牧場の境、敷地の境などにヨーロッパナラ、ホーソン、ブラックソーン、スピンドル・ツリー(マユミ)、アシュ(トネリコ)、エルダー、ドッグウッド(ハナミズキの仲間)、ゲルダーローズ、ウィロー、クラブアップルなどあらゆる在来植物で構成された分厚い緑の「境目」として存在する、と言う意味で共通です。

イギリスの伝統的景観になくてはならないものであるだけでなく、そこに住みかを作ったり、その植物の葉や実を食べる生物を宿らせる、生物多様性の宝庫でもあります。私にとっては、ジャムやリキュールづくりのもとになるさまざまなベリー類の宝庫でもあります(^^
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真冬にはよく新しい生垣を作るため、たくさんの苗木を植えたものです。上に書いたような在来種の、それもできるだけ近隣の木で採れた種から育てた30センチほどの苗木を生垣をつくりたい線にそって50センチ間隔くらいの割合で植えていく作業をひたすら続けていくのです。

これらの植物は皆大きな木に成長する木だということを考えると、日本であれば考えられないほどの密植(笑)でもこうして密に植えることで植物は巨木にならずに双方の木と枝を絡ませ合いながら分厚い、しかも(私の目から見れば)様々な種類のおいしい実がびっしりなる、グリーンの壁を築いていくのです。でもそんな成熟したヘッジになるには何十年もかかります。日本であれば、もう大きくなった木を移植して促成で生垣を作りそうな気がしますが、こちらは何とも気の長い話。たいてい寒い中での単純作業ですが、私の好きな冬の作業のひとつでした。何年も後のことを考えて苗木を植えるのって夢があるじゃあないですか。

e0151091_1155445.jpg数年前、休暇を取ってイギリスに行った時も、到着翌日にはしとしと冷たい雨の降る牧草地でレインコートを着て再び苗木の植樹を手伝いました。
なぜ休暇を取ってきた場所で、こんな天気の中でこんな重労働を好き好んでするのか…さすがのイギリス人もいぶかしげでしたが(笑)2年後の春に同じ場所を訪れたときの写真がこれ。(周りのワイヤーは若木を放牧中の牛が食べてしまわないようにするための一時的なものです)道はまだ長いですが、こうしてイギリスではあちこちで一度は失われたヘッジが復活しています。昔あったものの価値を再評価して、「なくなってしまったから仕方がない」ではなく「では再生しよう」という考え方が何というか私を明るい気持ちにさせてくれます。

山梨の田舎を散歩しているとイギリスのヘッジは日本の「用水路」と役割や性質が似ているなあと思います。私が子供の頃、田舎の家や畑の境には石垣でできた用水路がそこら中に走っていて、小魚や貝が住んでいました。でも用水路の泥さらいや清掃は、高齢化してきた住民に負担になるなどの理由もあって徐々にコンクリの用水路にとって変わっていきました。イギリスでもヘッジは管理の手間がかかることから人工的な柵に変わってしまった場所が多いのだとか。でも、「境目」という物理的な役割だけでなく、美しい景観を作り多くの生きものを宿すというさまざまな意味での「価値」が再評価されて、今では農家の人が伝統的なヘッジを再生する場合、自治体などからかなりの補助金がもらえるそう。日本の用水路も、昔のように生き物が住みかとできるような自然の形に戻しましょう、そのためにお金をだしますよ、なんてことになったらずいぶんと心が弾むだろうなあ。
# by nicecuppatea | 2009-01-11 11:07 | イギリスでのこと(環境保全) | Comments(2)

第二回都心周遊大散歩

東京で週末を過ごすことにした今日、再びピーチを連れて「東京周遊散歩」を決行。前回は皇居を通って東京国際フォーラムの方まで行きましたが、今回のルートは、白山から東大を抜け、上野公園、アメ横と通り、稲荷町近くのかっぱ橋まで行って帰ってくるコース。この間、夫婦どんぶりをひとつ割ってしまったので、それを買い直しに行くことが目的です。銀座線で行けばすぐなんですが(^^

普段あまり歩道をつぶさに見ながら歩かないので、改めて歩道の隅に目をやりながら歩くとこんな東京の真ん中の歩道にも、地元のボランティア団体が里の草を植えてその世話をしている説明書きがあちこちで見られて、単なる街路樹以上の色々な試みが行われていることを発見。ひところ前ならこのあたりの道路の植栽は、街路樹のイチョウの木の下にツツジの植え込み。どこもそればかりで変化はなかったのに。しかも有志のグループが自主的に管理をしているとは。人の意識も、志向もずいぶん進化しているのだなぁ、と私には思えました。

「進化」って、何も新しい「もの」を作り出すことばかりではない気もします。例えば古い建物を保全する、ということはあまり東京の真ん中では考えてこられなかったような。耐震性などを考えれば致し方ないところもあるのでしょうが、それでもある心意気を持って古い建物を敢えてそのままの形で保全・利用し続けるというのは、ある意味とても新しい考え方と思えます。ウチから東大に歩いて行く道すがら、いつも気になっていたこの建物。
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土台には赤いレンガが積まれており、かなり年期の入った木造3階建て。長屋のようにも見えますが、窓辺をみるとまだしっかり住人の方々の生活が営まれている、現役の「賃貸(ではなかろうか?と想像)」であることが見て取れます。あえてこの建物を残す人、この建物に住むことを選択する人、やはり新しい!と私は思います。誰かこの建物について知っている人、いないかなぁ。

かっぱ橋で目的のどんぶりを無事購入した帰り道、久し振りに東大構内を散歩していて驚いた!中にコンビニ、ファストフード、コーヒーショップのチェーンが軒並み店を並べています。もちろん校内は基本的に誰でも出入り自由。e0151091_19313932.jpg
見慣れたコンビニもこんなゆったりとした古いビルの1回に入って目の前にテラスができているだけで、何やら高級かつゆとりを感じる雰囲気。最高学府もずいぶんフレキシブルなんですね、昔はこんな店は構内に全くなかったものだけど。商売っ気がでてきたと言うべきか。とにかく、立派な街路樹が立ち並んだゆったりした道路をはさんで大学校舎や病院、グラウンド、コーヒーショップなどがゆとりを持って存在していて、歩いているだけで気分が良くなります。こうして地域の資産は近くに住んでいる人たちの生活の質の向上に貢献していくんだなーと感じます。もう少し近ければ毎日散歩に来たいくらいです。

交通費は一銭もかけなかったけど5時間の散歩中、結局稲荷町のテラスカフェでお茶、アメ横そばのコリアタウンのスタンドでチヂミを買食い、アメ横ではミックスケバブサンドにかぶりつき、ワンづれなのでお店に入らなかった割にはかなり買食い放題な散歩になってしまいました…でも東京が感じられる長歩きも悪くないもんですね。
# by nicecuppatea | 2009-01-10 19:33 | 暮らしのアイデア | Comments(0)

体が欲する食べもの

じわじわと仕事始めとなりましたが、会社での本格的な同時通訳の仕事はじめが今日でした。

先月の営業実績の関連の数字を会社のトップたちが集まって色々と議論をする会議が延々と続きます。売上、利益、経費、それぞれ予算に到達したとか、前年同月比でどうなったとか、何億、何十億という数字と、何パーセント伸びたとか減ったという話を、それぞれの部門の代表が猛烈な早さ(少なくとも私にはそう聞こえます)で解説していきます…。

このご時世ですから、きっとどこの会社もどうやって効率をあげるか、どうやってコストを下げるか、ということを議論しているのでしょうね。簡単にお店で買えるものを買わずに作ろうとしたり、ひたすら無駄な作業の中に楽しみを見出している休日の私の行いは、およそこういう話とは逆行していますが(笑)

だから、というのもあるのでしょうか。今日の会議は10日近い正月休み明けの、最初の同時通訳の会議としては結構ヘビーなものでした(^^延々と大きな数字が出てき続ける日本語の会議を英語に訳出するとき、私のイメージでは「私」の70%の意識はひたすら数字が正しく取れるように、聞いています。残りの意識のところで私の「口」が別のことをしゃっている…という感じです。耳で聞いて理解する作業をしている私と、口から言葉を発している私の間にほんの少しの時間差があるのです。

正月明け、ということもあるのでしょうか、その時間差がいつもより開きがち(だめじゃん!)…つまり余裕を持って聞いているというよりは、「置いていかれがち」(^^;不思議なもので、同じような内容の通訳をやるのでも「今日はけっこう調子いいな」という日もあれば朝イチで同通の会議に入ると「あれ、私、脳みそ全部家に忘れてきたかな?」と思ってしまうほど、言葉が頭に響かず全部素通りしていってしまう日と、両方あったりします。体調とも関係ないし、睡眠時間とも関係ないみたい…。今日の場合は、単なる正月緩みですかね。(あえて「ボケ」とは言わず、「緩み」と言う言葉を使いたいですねー、だって緩めようとしていたんだから。)

不思議ですが、日々の生活の中で、緊張感を高めて集中して会議の通訳をした後は、おなかに優しい「スローフード系」のさっぱりとした食事より、それとは正反対のこてこてと油っぽい食事や甘いもの、スナック系のジャンクフードを体が欲したりします。「血糖値が下がるから会議通訳者にチョコレートは必須アイテム」と、どこかの通訳の仕事を紹介した雑誌の「通訳密着レポート」に書いてあるのを読んだことがあります。きっと優しい味の食事を体が欲する時というのは、精神のほうもそれに見合った状況なのかも。

そういえば私は田舎にいる時はほとんど畑で採れたもので食卓をまかない、肉はほとんど食べませんが、それで十分満足。むしろ体がそういうものを欲している気がします。それが東京にいると反対で、例えば、せっかく朝「畑の野菜で煮込みうどん~♪」と思って用意しておいたのに、帰宅するとムショーにカップヌードルの方が食べたくなることがある…とこの頃感じます。何か関係があるのかな、それとも私が単なるジャンク好きなのか?
# by nicecuppatea | 2009-01-08 22:16 | 会社でのこと(通訳) | Comments(0)

お正月休み最後の日

まったりとしたお正月休みも今日が最後。

今年は年明け前から田舎にこもったお蔭で都会での賑やかな初詣とは無縁でした。田舎では家のそばの山にある神社まで、桃畑の中を除夜の鐘を遠くに聞きながら歩いて行きました。真夜中の小さな山の神社には、近所の人が10メートルくらい列を作る程度に参拝していました。ピーチと一緒に列に並んでもOK!(大混雑の都会の神社だと「犬は怖いのでやめて」と言われることも…)出店も何もありませんが、地域の人が大きな焚き火を燃し、小さなテントの下でお守りが売られ、参拝が済むとひとりひとりに無料で甘酒が配られました。初詣に、もうこれ以上求めるものはありません(笑)

明日から会社だから今日は「大掃除」とまではいかないけれどこまごまとした家の「ちらかり」もそれなりに掃除。明日から出勤するのに持っていくお弁当のおかずの煮物もいろいろ作ったし。

東京の小さな庭の小さな花柚子の木に、10個ほどの実がなりました。これは氷砂糖と一緒につけて「ゆず茶」にしました。こちらも明日から始まるオフィスでの日々のお伴とします。
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家の片づけをする際、この間桃色のバスケットを編んだ時の枝の余りが少し残っていたので、同じように残っていた葛のつると一緒に使いきろうと、これもバスケットにしました。
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赤と白のコントラストが思いのほか、めでたい気もして(?)明日からまた頑張ろうかな、と。
# by nicecuppatea | 2009-01-05 22:20 | バスケット編み | Comments(2)

おいしい桃って(2)

昨日の「農てんき」のおじさんの話の続きです。おじさんの畑はどうやらあちこちにあるらしい。「畑はいろいろなところに散らばっているよ。放置畑があればできるだけ借りあげるようにしているからね。」畑を使い続けないと荒れてしまうからだそう。「一度畑を放置したら元に戻すのは大変なことだから。でももう自分もこれ以上はねぇ…。」

おじさんは12反240本の桃の木を、人を使わずに一本一本自分で剪定するそう。「桃はつぼみがついているところには花は咲くし実もなるからどう切ってもいいっていう人もいるけど、やっぱり丁寧にやってやれば日の当たり具合だって収穫のしやすさだって違うよ。」

聞けばこの畑はもう10年も耕運機をかけて雑草を根こそぎ取ることをしていないそう。よく見ると剪定屑もシュレッダーにかけて木の根本にマルチがわりに敷いてあります。「燃やすのは好きじゃないんでね。」「畑からできたものは畑にもどしてやるのが一番いいんだよ。」「申し訳ないけど、桃は消毒しないで作ることはできないんだよ、でも最小限にしているよ。」

「申し訳ないけど」という言葉におじさん自身のジレンマも感じられます。そんな気持ちで桃を作っているとわかったら絶対おじさんの桃を買うんだけど。なかなか果物だけ見ていてもそういう「素性」まではよくわからないのが今日このごろの買い物事情。でも間違いなく言えることは、東京のどんなスーパーに行ったって「農てんき」でタダでもらえるほどおいしい桃にであったことはない、ってこと。

おじさん曰く、共選所は大量の桃を手ではなく機械で選別するから、多少硬いものでないと扱えないのだとか。また果物を販売する小売業者からは「完熟一歩前」のものを要望されることが多いそう。というのも「今日が一番おいしい」という日がすぐ来てしまえば、店に置いておける時間は短くなってしうからです。

ちなみに果物は少し早どりして流通の間に追熟させる、という話をよく聞きますが「モモは追熟で柔らかくなることはあるけれど甘くなることはない。樹上完熟でないと。」さらに糖度計の出現で果物の旨みである「食味」よりも「甘み」だけを機械的に計測してバロメータにするようになってきたとか。「果物は甘みだけでなく『食味』が大事。苦味だとかいろいろな要素でその旨さをだすんだよ。お汁粉だって塩をいれるだろう?」

流通では長持ちするものを、共選所では機械で扱いやすいものを、と考えた結果、市場に出回る桃の数は多くなり、市場での「もち」はよくなったけど肝心の「一番おいしいもの」は扱えない、ということなんでしょうかね。そして「もち」が良くなった結果、市場での桃の希少性もなくなり結果的に単価も落ちて「食っていけないさ」。その上私たちは大量生産や効率性重視のおかげで、一番おいしい桃を食べそびれているのかもしれません。。。

所詮エセ田舎生活をしている私には、年間休みなく200本以上の桃の木の面倒をひとりでみて「まず食っていかないと」と言うおじさんに簡単に「有機栽培ができないんですか」「契約農家販売だけにして付加価値を売れば」など都会人の勝手な思惑を言う事はできませんが…

こういうおじさんたちの「こころいき」って都会でもっと伝えられないもんですかねぇ。せめて私にできることとして、剪定くずの桃の枝を頂いてきて「農てんき」で使ってもらえるよう桃色バスケットをつくってみました。夏に桃入れに使ってもらえたらいいけど。
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# by nicecuppatea | 2009-01-04 13:15 | おいしい実 | Comments(0)

おいしい桃って(1)

ちょっと前の話になりますが…。年も押し迫った大みそかの朝、真冬の桃畑をピーチと散歩をしていると「農てんき」のおじさんが畑で桃の枝の剪定をしていました。

冬になってしばらくご無沙汰していますが「農てんき」は、私が夏から秋にかけて毎週土曜日に朝一番に行き、自分で作っていないシイタケや果物を買う場所です。朝の散歩も兼ねて特段欲しいものがなくても必ずピーチづれでお店を覗くと、行くたびにオーナーのおじさんはピーチに西瓜の切れ端や桃をくれました。

イベント用の大きなテントの下に並べられた、地元の人たちが作って持ち寄った野菜や果物と小さいレジが置いてある「農てんき」。7月の桃の最盛期には、店頭の大きな漬物だるに水が張られグレープフルーツくらいある桃がたくさん浮いていて、隣には「ご自由にどうぞ」の札が。「浮いているのより沈み加減のやつのほうが甘いよ、好きなだけとっていって」との言葉に人間分とピーチ分をもらい、それを丸かじりながら家に帰ってきます。旨み、甘み、食感、今日以上おいしい日はない!と思えるほど絶妙な味の桃です。

農てんきで売っている桃はとっても大きくて甘いけど、時間的にも距離的にも長い流通経路に乗せるには熟しすぎてしまって共選所にはだせない「今日明日すぐにおいしい」もの。農家の自家用に作っている野菜も「おすそわけ分」くらいをみんなが持ち寄ってきます。できすぎてしまって食べきれないものなどなんでしょう、自家用野菜だから品質が均等なわけでも量がまとまっているわけでもありませんが、農薬なんかつかってないものがほとんど。結局使いきらないでそのまま畑で腐らせてしまうのならば、少しでもそういうものを欲しいと思っている人に使ってもらえればと思って安価で売り買いができる場所をおじさんが始めたんだとか。「売上の20%をもらうことになっているけど一袋100円くらいで野菜を売るわけだからもらうのは20円くらい。お手伝いの人を雇って電気代をだしたら儲けなんてないけどね(笑)」

夏に好物のスモモなど物色していると、自宅の庭の木から採れたのであろうスモモを机に並べていた近所のおじさんが「そのスモモはすっぱくて食えたもんじゃねえだよ。」なんていってくることも。

自分がだしてきたスモモでしょうが!とも思うけど(笑)自分の作ったものだけど、これはうまくないーそんな正直な話が耳に入ってくると、かえってそれが買いたくなったりして。私がすっぱいスモモ好き、というのもあるけれど何より正直で安全な食べ物が何よりじゃないですか。

夏においしい桃をつけるため、冬の桃の枝は落とせる荷物はすべて落として、軽くなっています。夕方、桃畑を散歩すると剪定を待つ枝のシルエットが夕焼けをバックに浮き彫りに。
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# by nicecuppatea | 2009-01-03 14:47 | おいしい実 | Comments(0)