正月は干しもの日和

年末から年始にかけて1週間ほど田舎に滞在していました。田舎の築35年の家は、ハードのみならず、ソフトも20年前のまま(^^電話はパルス回線、テレビは箱型。おまけにアナログな私はモバイルパソコンも持たず、携帯メールも250字以内(笑)結果、まったくネットから隔絶された1週間を送っていました。

1週間田舎にいると一番心地いいなぁ、と思うのは都会生活で穴ぼこだらけになっていた生活の「抜けた部分」を穴うめする作業ができる気がすることでしょうか、うまく言えませんが。

何の作業が多いかと言えば、ひたすら「干しもの」。

膨大に採れてしまいもう強迫観念に近くなっている大根をひたすら拍子切りにしてざるに広げて乾燥し、切干大根に。そろそろスがいってしまうかもしれない蕪と同じくらいの大きさのピンクの「紅大根」は全部抜きとってこれも切干大根に彩として混ぜます。葉っぱの半分は干してカラカラにして、もう半分はゆでてみじん切りにして、すぐに使うように冷凍ストックします。手つかずで残っていた花梨は小さく薄切りにして、こちらはお茶用に干し、庭のスペアミントもミントティー様に干します。納屋の下には今シーズン最後の彩である唐辛子が逆さにつるされ、その下には落花生がまだ枝についたまま無造作に重ねたまま乾いています。
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こんな感じで庭中が干しものだらけです。クリスマス以降、ようやっと真冬の気候らしくなり、外に置きっぱなしの切干大根などは毎朝カチカチに凍ってしまいます。これを繰り返して大根はあっという間に小さく、ちりちりに乾いていきます。
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都会の生活で残業が続いたり疲れたりして、ぎりぎりの時間で生活していると、毎朝会社に行く「荷造り」が甘くなり、せっかく自分で作ったものや作れる素材が家にあるのに、結局「ひとてま」かけられず近くのスーパーやコンビニでお菓子を買ったり、コーヒーを買ったり、結局できあいのお弁当を買っちゃったり…。そうして週末にまだ沢山の素材が手つかずで家に残ってた時のフラストレーションたるや。

そこで、お茶の材料、自家製「おやき」の中身、お弁当のおかずにいろいろ使える切干大根などなど、今の干しもの仕事は、来週から始まる都会での生活にできるだけ、作物を活用するための下準備みたいなもの。こうして色々な物が加工され、それがなくなっていくとその流れとともに、私のストレスはきれいになくなっていきますー。「変わり者」と言われようとも、今年もこれが私のストレス解消には一番だな。
# by nicecuppatea | 2009-01-03 00:46 | 野菜&実の加工 | Comments(0)

遅ればせのカード

もう既にクリスマスは終わってしまっていますが、日本の祝日はこれから。日々の細々した仕事にかまけて早くにクリスマスカードを出すことが苦手は私は、毎年外国の友人たちにも「日本はお正月の国だから」と言い訳しつつ、グリーティング・カードはお正月をめがけてだしています。

このグリーティング・カード、年賀状などに比べるとかなり割高です。賀状と比べて、「一度に大量に送る」種類のカードとは日本では考えられていないのでしょう。まとまった枚数で売っているモノを探すのが一苦労なうえ、バラで買おうものなら一枚で200円とか!何十枚もだすとなれば、それだけでかなりの出費。その上エアメールで出すと郵便代もかさみます。

数日前「クリスマスは誰かにお返しをする日」と言った私が、「お金がかかる・・・」などというのは矛盾した話にも聞こえますが(^^

そんなことでここ数年は、手作りカードでお茶を濁しています。今年は近くの電気屋さんでもらったカレンダーを家にあった色画用紙に貼り付けて、バスケット編みに時々使うラフィアをアクセントに。

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カードが出来上がる、ということの「裏」の喜びは、家にたまっていて使い道の見つからなかったものが、有効に「使われる」という事実。カレンダーはあまりものだったし、画用紙も数年前のクリスマスカードの残り。ラフィアは人工的なクラフト材料だったので、あまり普段のバスケット編みに使う野のツルには合わないカンジがして使っていなかったのです。

こんなカードをはじめ、これからの年末年始の休みでは、家にたまっているさまざまな「素材」をじっくりと形にして、実生活に生かしていくために時間が取れるのが楽しみ。なかなか時間をかけて料理出来ていない畑でとれた豆を煮たり、焦げてしまって今にももげそうな鍋の木の持ち手をつけかえたり、夏場、時間がなくて冷凍庫に放り込んだままのトマトをきちんとソースにしたり・・・。家にあるものが有効に使えて、一日、どこでも買い物をしないで快適に暮らせた日って、とても気持ちがいいんですが、これもケチだからかな(^^ゝ 
# by nicecuppatea | 2008-12-27 23:21 | もったいない | Comments(2)

クリスマス話その2

他の人がどう思うかわかりませんが、私はイギリスの「クリスマスイブ→クリスマス」は日本の「大晦日→お正月」にイベントの流れとして似ているなといつも思っていました。

その日をめがけて皆が紙に書いたメッセージの交換をする(クリスマスカード&年賀状)、お店が閉まっている、離れたところに住んでいた家族が実家に集う、深夜には日ごろ隠していた信仰心を披露(日本は初詣、イギリスではミサに行く)、どう考えても家族でいっぺんに消費しきれないほどの結構重たい味付けの「特別料理」がテーブルに並び、それを食べ、大量のアルコールを消費し、長時間テレビを見るなどなど。実は近年「~らしさ」が失われている、と嘆く人が増えているところまでいっしょだったりして(^^唯一大きな違いだと思ったのは日本の大晦日から元旦にかけては電車は終夜運転をしていますが、イギリスでは電車さえ止まってしまい車で動くしかなかったことでしょうか。

イギリスでクリスマスを数回過ごしましたが、当時車を持っていなかった私は、毎年公共交通機関が動かなくなる前にその年クリスマスを共にするお宅へ数日分の荷物をもって移動していました。「えぇっ?!クリスマスに実家に帰らないの?それは寂しいわね、ぜひウチにいらっしゃいよ。」という流れだったので、本当に私個人を「ぜひ」と招いてくれているのか、それとも特にこの時期彼らの間で大いに発揮される慈善の心で「恵まれない外国人に施しを」というチャリティの一環だったのか、最初はわからなくて戸惑いました(笑)

元来のずうずうしい性格も手伝って、途中で「どっちでもいいや」となりました。それはとりわけ私の指導教官だったビクトリアの実家を訪ねたときの経験によるものでした。

彼女は大学院の学部主任教官。私の滞在中ずっと、指導教官だった人です。私と10歳も年は違いませんでしたがこちらは生徒であちらは先生でした。政府の環境機関のボードメンバーにも若くして選ばれ、才色兼備を地で行くかなり地位の確立した女性ですが、実際のビクトリアは会ってみるとお高く留まったところは全くなく、いつでも両手を広げて「こっちへおいで」というようなオープンで暖かな人です。私は事あるごとに季節イベントをビクトリアとその家族と共に過ごしました。

12月23日になると彼女の森の一軒家にお邪魔します。その日はコミュニティや職場の人を家に招いてドロップイン・スタイル(勝手な時間に来て、勝手に帰る)のクリスマス・パーティを彼女が準備して盛大に開催。忙しいのに、冷蔵庫に残っているものまで使い切りながらぱっぱとおしゃれな前菜を作って、それ以外の材料も手際よくオーブンに放り込み、あっというまにたくさんのお皿が埋まっていきます。あとは赤ワインにスパイスやオレンジをいれてモールド・ワインという甘いホットワインを作り、訪れた人をその都度歓迎します。

私はビクトリアへのお手伝いの意味も込めて、新たに到着したゲストへのドリンクお勧め係りを引き受け、来る人来る人にモールド・ワインを勧めては注ぎます。あとで数えたら小さい森の一軒屋に数時間のうちに200人近くの人が来た事になりました。

楽しく騒いで、料理をして、24日のお昼ぐらいまでは賑やかなのですが夜に近づくと突然雰囲気が厳かになりだします。12時の鐘を聞くと、たくさんの防寒着を着こんで、村の教会のミサへ。あちこちから同じように肩をすぼめて道に出てくる人たちに出会います。さながら日本で紅白が終わって、突然多くの人が初詣に行くため道にでてくるのと同じよう(笑)私はクリスチャンではないので、教会の中でひととおりイベントの流れに身を任せながら、祭壇の前へいってひとりひとり祝福を受ける、というようなところはただ見守っていました。

教会から帰ってくるとビクトリアは部屋のクリスマスツリーの横にある小さなテーブルの上にワイングラスを置いてミルクを注ぎ、その隣にニンジンを一本置きました。「ミルクは家に来たサンタさん用、ニンジンはトナカイ用よ」。暖炉の隣にビクトリアとダンナさんのリック、そして私の名前の書いてあるソックスを吊るしてベッドに入りました。

翌日の朝、「さあ、早くこっちにいらっしゃい!プレゼントをあけるのよ!」と戸惑う私を、パジャマ姿の「先生」が夫婦の寝室の中にまで誘います。夫妻のベッドの上で3人でパジャマ姿のまま、サンタさんのくれたプレゼントのつつみをビリビリと破り始めました。私の名前の書かれたソックスの中には小さいみかんと一緒に、ハンドクリーム、チョコレートなどちいさな贈り物が一杯つまっています。それにもうひとつ大きな箱も!こちらの中には真っ赤なフリースのジャケット。「あなたはあまり派手な色を着ないから。赤も素敵よ」とビクトリア。私は森から採ってきたハニーサックルのツルを煮て、白いツルと茶色い皮に分け、それでツートンカラーのバスケットを編んでプレゼントしました。(安上がり(^^;)

リビングへ行ってみると昨日用意しておいたニンジンが一口分くらい欠けていて、注いであったワイングラスのミルクが無くなっていました。グラスのふちには綿毛のようなものが。「サンタさんが来たのね。髭が残っているわ(笑)」とビクトリア。

もちろん、全て彼女が一人でしくんでプレゼントも全員分用意して、ミルクもニンジンもしつらえたのです(もちろん、「サンタの髭」も)。それでも翌朝、「サンタさんが来たわよー!」と一番楽しんでいるのもビクトリア自身。彼女、普段は政府の環境トピックの専門委員会などに出席している高名なドクターなのですが。

「生徒」が一緒にいようが、まったく飾ることなく素のまま。しかも私のような他人をプライバシーの一番深いところまで無邪気に招き入れて、クリスマスを少女のように楽しんでいるビクトリアの様子を見て、というか私も一緒になって楽しんだ結果、「施されたのか?」なんて考えること自体がばかばかしくなってしまったのです。そして「信じる人にはサンタさんが来る」と、子供のときは大人にどんなに言われても信じなかった私が、不覚にも30過ぎになって「来るんだー…」とまじめに思えてしまったりて。

今年もミルクがワイングラスに入っているんでしょうねー。
# by nicecuppatea | 2008-12-25 21:55 | イギリスでのこと(季節) | Comments(0)

クリスマスイブ

イギリスで生活していた時、日本を思い出して一番「日本がいいなー」と思った事のひとつは、寒い日に入る露天の温泉でした。日本に帰ってきて特にイギリスの「この時期はよかったなぁ…」と思いだすのは、やはりクリスマスの時期です。

今日はいわゆる「クリスマスイブ」でしたが、私は朝8時半から5時までずっと会議。普通の生活をしていたら、全く「特別な日」という気はしないで「若い人たちがロマンチックに楽しむ夜ね」くらいのイベントで終わってしまいます。

今でも私に本当の意味でのクリスマスを感じさせてくれる唯一の出来事はこの時期になると毎日のようにポツリポツリと届くイギリスからのクリスマスカード。だんだん枚数は少なく落ち着いてきましたが、今年来たのはこんなカードたち。この裏側を見てみると、このカードはすべてそれぞれに特定の運動をしている団体をサポートするカードです。
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ちなみにここに出ているカードはそれぞれ、The Blue Cross (イギリスのペットチャリティ)、Great Ormond Street Hospital Children's Charity(病院の子供たちをサポートするチャリティ)、Oxfam(人道援助団体)、British Heart Foundation(心臓疾患の人をサポートしたり(特に子供)病気の研究を進めるチャリティ)、 British Trust for Ornithorolgy(英国鳥類保護協会ーイギリスの山階鳥類研究所(?)みたいなとこです)、アルツハイマー・ソサイエティ、ライフボーツ(24時間のライフセービングをやっているチャリティ)といったチャリティやNGO,非営利団体にカードの収益金が行く、というカード。

中にはカードの裏の団体の名前を見れば、あぁ、あの人からのカードだ、とわかるものもあります。今年届いたカードは全部、特定の活動を支持する意味を持つカードばかりでした。去年には「私はカードをだしません。あなたも私に送ってくれなくてよいので、その分の小銭をどこかの団体に寄付してください」というメールがきたりもしました。

こう考えると「クリスマス」の一番大切な部分は日本には入ってこなかったんでしょうかね。クリスマスは「Time to give some back(何かをおかえしする時期)」とよく聞きました。身近な家族であったり、遠くの国の見も知らない人だったり、だれか自分以外の人やモノを思いやる時、ということでしょうか。

みんながそういう思いでクリスマスを迎えているのかどうか、知りません。けれどもロマンスを求めて外で外食などしない年になった私自身は「そういうことならクリスマスってもっと大きくて深い行事なのに」と感じたりしています。
# by nicecuppatea | 2008-12-24 22:33 | イギリスでのこと(季節) | Comments(4)

遅ればせの沢庵づくり

私は週末だけ田舎に滞在するので、まだ暑さの続く8月の終わりに種を畑に直蒔きしなければならない大根やニンジンなどの種まきには毎年頭を悩ませます。夏の日差しがまだまだ厳しい時に種を蒔いても、発芽の時期に毎日水をやれないのでそれら野菜の発芽率は自然、私の畑ではかなり低いのです(^^;

とにかくたくさん水をまいてから、できるだけ田舎に着いてすぐの土曜日の朝早くに種を蒔いて、日曜日の夜遅く、東京に帰る時間までコンスタントに水をやり続けます。あとは上に干草や不織布をかけて直射日光をよけ、週中に一雨くることをひたすら東京で祈り続けます。

今年の8月終わりには、普通の大根をひと畝、聖護院大根をひと畝、蒔きました。たいていは乾燥して芯食い虫の被害にあったり、せっかくでた双葉も翌週の土曜日の朝に見てみるとしおれていたり、全く芽が出ていなかったりすることが多いのですが、今年は「ゲリラ豪雨」などもあり、真夏に夕立の恩恵をたくさん受けたおかげで事の他、発芽率がよかったのです(^^

出来上がってみれば、卸にでもださなければいけないくらいたくさんの大根が獲れてしまいました。どうするこんなに?!もうすでに私の会社へもって行くお弁当は、大根づくし。ぶり大根、大根の皮のキンピラ、菜めし…それに干し大根、浅漬けとせっせと使いますが、それでも畑の大根はちっとも減りません。会社の同僚に配るのに大根ほど持って行きづらく、持って帰ってもらいづらい野菜もないですし(笑)

そこで今年は田舎の近所のおばあさんに「沢庵づくり」を教わることに。もう近くの農家では、お正月に食べるのに間に合わせるために漬け込みを終了しているお宅がほとんど。いささか「計画不足」の感はいなめませんが、以前から「誰かに教えて欲しいなぁ」と思っていたことなので、ことしトライしてみることに。

とりあえず普通の大根を20本ほど引っこ抜きます。
e0151091_21302757.jpg日なたに植わっていて太くなった大根は既に抜いて食べてしまったので、ちょっと成長不良のものが多いのですが、それは気にせずに。さっきまで干し柿が吊るされていた軒下には今度は大根が吊るされました。このまま来週田舎に来るまで干し続けます。どんなのができるかわからないけれど、この歳にして初めて沢庵づくりをしてみるのも、まあ、いいでしょう。
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この日は結構寒い朝でした。庭に出て、車のボンネットを見てみると砂でできた「梅の花」が満開(^^;
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チビ太の足跡です。前夜、長距離をドライブしてきた車のボンネットは、かなり長い間熱を帯びていたらしく、夜、畑でねずみ捕りをしようと思って外へ出たチビ太にとっては、格好の暖房だったのでしょう。
# by nicecuppatea | 2008-12-23 21:39 | 野菜&実の加工 | Comments(2)

干し柿最盛期

1ヶ月ちょっと前に庭の百匁柿を収穫して、軒下につるしておいたものが、いい塩梅に乾いてきました。こうなると軒下につるす期間は終了です。

e0151091_21313498.jpg軒下から取り入れて今度は藁の間に挟んで、さらに乾燥・成熟させます。
今年は暖かめだったので干した時は随分心配しましたが、雨が少なかったことでとてもきれいに、たくさん仕上がりました。


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甲州百匁でつくる干し柿は枯露柿(ころがき)と呼ばれ、大粒のものが多くてたいそう重宝されます。干し柿を作るのは大好きな私ですが、実はあまり食べるのは好きではありません(笑)。なんだか甘すぎて~。少しナマスに入れたり、お汁粉の甘味に砂糖代わりに使ったりして微々たる使用を楽しんではいますが、もっぱら消費するのは母や父、そのお知り合いの方々です。これがまた信じられないくらい人気。干し柿ができると贈り物、お使いもの、自家使用と、全く余すことなく使い切ります。

これは何もウチの両親に限ったことではないようで、田舎の家のそばにある農協の共同販売所に行ってみると、すでに「枯露柿コーナー」なるものが作られて、それぞれの農家で手塩にかけて作った色々なサイズの枯露柿が思い思いの包装で山積みで売られていました。お値段は大きいものになると一個250円ほど。これが毎年瞬く間に売り切れていきます。

e0151091_2141669.jpgこんなに高値がついて、人気もある枯露柿。
ところが畑の周りの農家を見渡しても、柿の実を収穫して使い切っている家はそれほど多くありません。
ちなみにこの百匁柿の木が、このあたりにはたくさん生えているのです。
大きな柿の実は徐々に橙色を濃くして、そのうち透明感を増します。そうなってしまえばもう干し柿作りには熟しすぎ。あとはたいていの場合、毎日少しづつ鳥がつついてなくなっていきます。

昔、田舎のおばあさんが生きていた頃「柿の木の柿は、全部とるもんじゃないよ。最後の二つ三つは木に残しておくものだよ」と聞きました。だから今でも庭の柿の木の柿が3つくらい残っているのを見ると「ああ、このお宅は柿の実を収穫したんだなぁ」と思ってしまいます。ところが最近は鳥ですら食べきれないであろうほど、「たくさんついたまま」の柿の木がたくさんあるのです、農家の庭にも山肌にも。

時にニュースで「里の柿を人がとらなくなったために、それを求めて山から熊が下りてきた」などという東北の方のニュースを聞くことがあります。甲府盆地の真ん中で熊がでたという話は聞いたことがありませんが、人手不足などで柿をもぐ人が少なくなっているのは全国的な傾向かもしれません。

ただ干して、つるしておけばあんなに高価な贈答品になるのに・・・。ついついまた、「もったいないなぁ」と感じてしまう、初冬の光景です。
# by nicecuppatea | 2008-12-22 21:47 | 野菜&実の加工 | Comments(4)

雨の日にストレスをためる者たち

今日は雨。人間も犬も雨は嫌ですが、ウチにはさらに雨を嫌う生き物がいます。それがネコのチビ太。

もともとは5年前の今頃、家の近くの公園の出口でダンボールに入れられて捨てられていたのをダンナが見つけたものです。 ダンボールの隅っこには生まれておそらく2週間ほどではと思われる小さい毛玉が二つ寄り添って入っていて、それを上空からカラスが狙っていたとか。

とっさの判断を迫られたダンナは向こうから歩いてきた犬の散歩をしているご婦人に、二つの毛玉のうちきれいな方を押し付け、そうでない方を家に持ち帰ってきました。

「なんて気の強そうな顔をした子ネコ…!」というのがダンナが連れ帰ってきたその子ネコを見たときの第一印象でした。「きれいな毛玉」のほうは、全身ブルーグレーでグリーンの目をしたロシアン・ブルーの女の子のようだったといいます。きっとロシアンブルーのお父さんかお母さんに日本ネコの野良ちゃんがかかっちゃったのでしょう。

ネコを飼ったことがないとおっしゃったその散歩中のご婦人に、ダンナはきれいな方の子ネコを譲ってきたのだとか。(ちなみに今でもそのおウチでは宝石のように大切にされているとか)

かたやダンナがウチに連れ帰ってきたのは薄茶色と白の「サバトラ」といわれる柄の♂。模様は完璧に日本ネコですが、顔が小さく牙が下顎骨の中にはまりきらないのでちょっとドラキュラ顔に見えます。
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子ネコなんだけど・・・。そのうえ尻尾はあたかも豚の尻尾のようにちょろりと「の」の字に曲がりくねっています。。こんな形のシッポがネコに存在したとは・・・。

子ネコのくせにとても気の強そうな顔はなんとなく「太」という男っぽい文字を想起させたので、そのままずばりで「チビ太」と命名(^^

数年前の冬には忽然と家から姿を消し、(「信じられないー!」と周囲に言われつつ我々飼い主は大枚はたいて「ネコの探偵」さんを雇い)2日後に公園の「一番高い木」のてっぺんで震えているのを発見され、近くの消防署のはしご車に救助されたり、はたまた実家の3階のベランダの欄干から雨の水滴で足を滑らせて一階まで落下したりしながら、しぶとくも現在まで生き残っています。最近では家と外を自由に出入りする生活を謳歌し、週末ごとに車で山梨まで我々とドライブしては畑で狩りを楽しむ(とってきたネズミや鳥は数知れず…)など、かなりセレブなライフスタイルを実現したので、今では「絶体絶命からの大逆転ネコ」としてウチのダンナは崇拝しています。

小さい頃はピーチのおなかに「ぴと」と張り付いて一緒に寝たりするかわいい面も見せていました。しかし最近では文句を言わないピーチにやりたい放題。特に雨だと外にでられず「おしっこ」が気持ちよくできなくてイライラがたまるらしい。写真ではピーチの口横のタプタプを噛んだままひっぱっています(^^;
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とにかくこいつはピーチが好きで、なんやかやとちょっかいをだしたいらしい。ピーチはピーチで決して声をあらげたり噛んだりしないので、きっとこの二つの毛玉の間には、何らかの「気持ち」が通じているんでしょうね。

それにしても、早く雨やんで、チビ太外へでてくれないかなぁ…・。
# by nicecuppatea | 2008-12-17 20:47 | ピーチ&チビ太 | Comments(2)

玄関は土間?!

今週は田舎に行かなかったので、何となく物足りない週末なのですが、ある意味過ごすべき時間を東京で過ごしたともいえます。…というのも毎週金曜日の夕方に東京を後にして、日曜日の真夜中に東京に帰ってきて月曜日から金曜日まで働いているわけですから、東京の「平日の住処」は荒れ放題で(^^ゝ

我が家は1DK。通常は一人暮らし用の間取りでガスコンロも1つしか鍋が置けません。玄関を入ると狭い通路の横にそのまま風呂とトイレが見えて、やはり一人暮らしの「一時的な家」的な場所なのです。実際同じ賃貸に入っている人たちはほとんどが単身赴任の人や一人暮らしの大学生。

そこに通常より大きいサイズの男性と女性、通常より重ための犬、自由に出入りするねこが一匹、それに毎週段ボール3箱分の野菜や食物が田舎からやってくるのですから、常識的にはなかなか「居住地」の体をなすのが難しい状況です(^^

特に先週畑の全ての芋を掘りだした後、凍みてしまう可能性のある寒い田舎の家から、大きな段ボールにめいっぱいさつまいもと里芋をつめて全て東京に持ち帰ってきていて、それでなくとも小さい玄関の半分のスペースを占め、玉ねぎやニンニクなどの根菜、夏の終わりに刈り取ったかぼちゃが所狭しと置いてあり、靴入れの上の棚からはドライハーブや乾燥唐辛子がバスケットいっぱいになって吊るされています。さながら農家の土間の様相。
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玄関が汚いと運が逃げていくというし(^^;)今週末は玄関の整理にあてることに。

使わなくなったねこの家、数の増えすぎた傘など整理して、芋類はスーパーの黒い不織布のマチの広いエコバッグに小分けにして棚にしまいました。これらの棚はイギリスから帰国当時、古い靴箱や廃材をかき集めて自分で作ったものなので愛着はありますが、使い勝手がイマイチ(笑)何とか現状の棚に全ての野菜を袋づめにして収納したら、ようやっと人間の住処なりの玄関になってきました。

直近で使いそうな三種の芋(さつまいも、ジャガイモ、里芋)はイギリスで初めてバスケット編みを習った時に編んだ、いびつなウィローのバスケットに。イギリスから帰国する時、かさむ荷物の山の前に「持って帰ろうか、置いていこうか」悩んだ末に、荷物を増やしつつ持って帰ってきた大型のバスケット。時が経ってみると、高級でも何でもなく思い出がついて回る手作りのものが一番貴重品になってきたりします。

その後、日本で見つけた素材を使って編んだり、イギリスに友人を訪ねて行き、再び環境保全活動に参加しながら刈り取ったウィローで編んだりしたバスケットが、東京の狭い我が家の、土間のような玄関にはたくさん吊るされています。気がついたら随分色々な所の素材がこの狭い場所に集まったなぁ。
# by nicecuppatea | 2008-12-15 21:27 | 暮らしのアイデア | Comments(2)

「二日目」の楽しみ

きのうの夜は会社の人たちが集まって、Holiday gathering(クリスマスシーズンの集い)ということで、サロン形式のパーティがあったので、今週は畑にはいきませんでした。

パーティは「ご出席の際はお好みの前菜またはお飲物をご持参下さい」というもの。私は甲州の白ワインを一本持参しましたが、外国人の出席者も多く、持ち寄られた食べ物にはなんとなく外国の家庭料理を想起させるものがいっぱい。(私も里芋の煮っ転がしでも持っていけばよかったですかね…前菜、という言葉にはそぐわない食べ物かもしれませんが。)

そういうパーティの常として食べ物は最後にたくさん余ってしまうのです…。中には奥様方が作られたラザニアやフルーツケーキ、ローストビーフなど、「ただ買ってきたもの」でないものがいっぱい。私はとにかく食べ物が残る、というのが見てられないタチ。ただ、普通は上司たちの集まりのパーティで「もったいないから、これ持って帰ります」とは、ヒトは言わないでしょうね。

そこは私はちょっと変わっているので(^^ゝ)臆せず「せっかくですから持って帰って頂いてもいいですか?」と伺うと、奥様は「あら、本当に持って帰ってくれるの!?全部お願いよ。」と、最終的には大きなキャンプ用のクールバッグを貸してくれ、キャセロールいっぱいのラザニア、ミートボール、ほかの奥様方がつくられた、フルーツケーキやキャロットケーキを、まるでこれからパーティにでかける「仕出し屋」のようにつめ、赤坂から電車に乗って帰ってきたのでした。(ちょっと恥ずかしい…)ワイン一本持って行っただけなのに、さながらわらしベ長者(笑)

ラザニアやキャロットケーキは今日一日中、我が家の食卓をにぎわし、さながら今日もパーティーメニュー。机は汚いけど(^^;)
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昨日立食形式で食べていた時には気づかなかったけれど、ラザニアはお肉とベシャメルソースが少なめで、野菜の食感を残した中に、カテージチーズやチェダーチーズなど、何種類もの違ったチーズが使われている様子。ローズマリーのほのかな香りがしました。

「あまり重くなくておいしいね」などと、ダンナとも話しながら、ラザニアの味をとことん愛でることができたのは、昨日ではなく、今日の食卓ででした。ビュッフェ形式のパーティって、軽くて楽しいけど、やはり手作りの食べ物がたくさん並んだら、きちっと味わいつくしたいものです。
# by nicecuppatea | 2008-12-14 19:22 | もったいない | Comments(2)

生のままでは食べれない果物

今、今年おそらく最後になるであろうジャムを煮ています。
甘い香りの正体は「花梨」。毎年この時期、田舎の家の周りにある花梨の木は重たく、硬く、ごっつい花梨の実をたくさんつけます。e0151091_2148292.jpg柿の実もそろそろ枝にまばらになった今、木の枝に残る今年最後の色彩といってもいいでしょう。
花梨は甘い匂いが好きで、落ちた花梨を見つけては東京の家に持って帰り玄関に置いたりしていました。ドアを開けた瞬間にふわっと香る芳しい匂いは、どのような芳香剤の比でもありません。

こんなにいいにおいの実なのに、このままは食べれない、不思議な実でもあります。去年までイチョウ切りにして蜂蜜につけたりしていましたが、煮込むとおいしいジャムになるというので、今年は初めて試してみることに。

本当に不思議な実です。最初はクリーム色だった実は、煮込むほどに山吹色に色を変え、最後には朱色に!e0151091_21471031.jpg
作り方を探そうとネットの情報を見ていたら、「生で食べれない果物だから、市場での価値も高くない」と書いてありました。魅力的な果物が高すぎないのはいいですが、「生で食べれない果物だから~」とは、なんとももったいない話。

イギリスにいた頃、日本ではちょっと考えられないくらいたくさんの種類のリンゴが存在していて、それを用途や味に合わせて使い方や食べ方を変えるのが楽しみでした。在来種のCox's Orange Pippen(通称コックス)は生食用。青リンゴのグラニースミスはチーズと一緒に。そして調理用には、クッキングアップルと呼ばれる、普通のリンゴよりふたまわり大きく、グリーンで、生で食べるには甘みがなさすぎ、とても酸味が強いものを使いました。酸味が強くて長時間の調理にも味がぼけず、火を通すとすぐに煮崩れるクッキングアップルは、ブラックベリーと煮てパイの中身にしたり、豚肉と一緒にローストしたり、単に水で煮て(ちょっとあったかい大根おろし状の形態になります)ステュード・アップル、という肉料理用の甘酸っぱいソースにしたり。「果物を火にかけて調理する」という事実になぜかとても心惹かれたものです。火を通さないと食べれない果物、ってなんだかいいじゃないですか(笑)ある意味、スローな食べ物の象徴でもあるように思えます。(花梨に似たフルーツはイギリスにもQuince(いわゆるマルメロ)があり、やはり「昔の果物」と思われているみたいでしたが。)

初めて作った花梨ジャムは、程よい酸味とほのかな苦みが、なんとも他にない味。これに秋につくった葡萄ジャム、初夏に煮た杏ジャムなどを加えて、冬中甘味には困らなそうです(^^
# by nicecuppatea | 2008-12-11 21:51 | 野菜&実の加工 | Comments(4)