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平飼い鶏の卵、買います

最近、家で使う「卵」は極力「平飼いの鶏の卵」を買うようにしています。

自分で作った野菜を食べたり、その行程を自分で確認していると、スーパーなどで買う食材についても「これ、どんな素材からできているんだろう?どんなふうに育ったんだろう?」と気になり始めて、作ったり育ったりしている「その場を見たら食べたくなくなる」ようなものは極力食べたくないなぁと自然に思うようになってきたのです。

卵を産む鶏の環境…なんて昔はあまり考えませんでした。たまたま一昨年イギリスに遊びに行った時に、テレビを見ていると、毎日といってもいいくらい「養鶏場の標準」ということをニュースで論じているのです。

曰く、「一羽に対してA4判の紙よりも狭いスペースしか許されないような密度の高い買い方は動物倫理に反する」。スーパーで販売できる卵の生産場の鶏一羽あたりに与えられているスペースの基準を改善しようという議論だったように思います。

まあ、ひとつの議論の裏にはそれぞれ主張をする人たちの単純ではない思惑もあるのかもしれませんが、そこで聞いているバタリーファーム(屋内でたくさんの鶏を飼育している、いわゆる「通常」の養鶏場の風景かと思います)の状況というのは、「言われてみれば確かにひどい話だ」と思わされるものでした。本能に反して砂あびもできず、羽ばたきもできず、餌だけを食べ続けひたすら商品として卵だけを産み続ける…。鶏とは本来庭を歩き回りながら小虫や草やその種を食べるものなのでしょうが、そんな「鶏」生を送れる鶏は今や少数派でしょう。

そんな風に気づいたあと、日本に帰ってきて「平飼いの卵」をスーパーで探してみると、これが驚くほど見つけるのが難しいのです。値段の高い高級卵には「xxを飼料に与えた卵」とか「xxな環境で育った卵」という表示はあるのですが、情報をインターネットで公開しているところをたどってみたりしても「~な環境」は平飼いかどうかではなく、養鶏場自体が自然環境の良いところにある、ということだったり(^^

平飼いは「コスト的に合わない」という話も聞いたことがあります。でも驚くのは、「平飼いの卵」という商品の見つけづらさ。「値段が高い」のではなく市場にないということは需要、すなわちそういう卵を選んで買いたい、という消費者自体がまだ少ないということかもしれません。

件のイギリスの例は、消費者の関心の高さを表したものともいえるでしょう。正確には覚えていませんが、「xx年以降、スペースをきちんと取って飼育しない鶏の卵はスーパーで売れなくなる」というような議論をしていたと記憶しています。こちらもうろ覚えですが「60%の卵がバタリーファームからのもの、40%が平飼いのもの」とニュースで言っていたような。近くのスーパーの棚をみても、平飼いの卵を見つけるのは何ら無理がありませんでした。

アニマルウェルフェア(動物福祉)という言葉は日本ではまだあまり一般的な馴染みがない気がしますが、いづれ食べられてしまう動物であっても(無論、卵を産む雌鶏であっても)、きちんと尊重された一生を送ったものなければ…という考え方は、穏やかではありますが、その後の私の食べ物のチョイスを影響しつづけています。

最終的には、田舎に居を定めた時点で鶏を飼って、畑で育てている雑穀や野菜や雑草を食べてもらい、おいしい卵を頂く…、それが夢です(^^この夢に向けて、まだ鳥を飼う計画もないのに、山梨で大きな鶏のケージまで買ってしまった(笑)…さすがに、犬、猫、鶏と田舎と東京を毎週往復するのは無理だろうなぁ、ブレーメンの音楽隊じゃあるまいし(^^
by nicecuppatea | 2009-01-31 19:14 | Comments(2)

雑魚、売っていないかなぁ

まだ西伊豆の話の続きです。西伊豆に行くと必ず寄る回転寿司屋があります。回転寿司なんですが東京モノの我々にとって何がそんなに惹かれるかって、東京ではあまり寿司屋で聞いた事のないような魚のお寿司が安価で食べれること。高級なトロとかウニとかよりは、どちらかというと近海でとれた安い魚で新鮮なものがあったりすると、まずそれが食べてみたくなります。

そこの回転寿司屋さんのお品書きにも、ソイ、アカギ、アブラボウズ、ホテイウオなど、私が聞いた事のない名前の魚がたくさん。魚の呼び名は成長するにつれて変わったり、地方によっても違うみたいなので、中には東京で知っている魚もいたのかもしれないけれど。安価な上、量もたくさんとれないこういう魚は、大きな流通に乗ることなくこうして地元で消費されていくのでしょう。これを食べに行くのが毎回、楽しみです。

地物を食べれる寿司屋さんに行くだけでなく、いつも西伊豆に行くとどこか地元の魚屋で東京では売ってないような小魚をお皿に山盛りして安く売っていないだろうか・・・と、通り過ぎる魚屋さんやスーパーを丹念に見ています。不思議なのは魚屋が少ないこと。「あたりまえだよ、みんな自分の家で漁業権もっているもの」と宿のオーナーに言われてなるほどと思いましたが(^^;

とにかくお店で見つかるのは「お土産」と称した干物などの加工品がほとんど。、私が探しているような、日持ちがせず高級感のあまりない安価な生の小魚はおそらく地元でも市場にでる前に、あちこちで譲渡されたり廃棄されたりしてなくなってしまっているのでしょう。

有名なフランス料理の「ブイヤベース」は、まさにそんな小魚からとれるエキスを取りきってつくったおいしいスープ。きっと毎日の漁の結果たくさんとれる小魚を使い切る知恵として発展したのではないかなーと思いを馳せます。日本の漁村もきっと状況は似たり寄ったりなのではないかな。

でも小魚を使い切るような料理が小さな漁村で名物として大々的に宣伝されていたり、ここにしかないお土産として売られている…なんて光景は見かけたことがありません。「そりゃあ、君の思うようなことばかりは見つからないよ」とダンナは笑いますが。金目鯛の干物も高級鰹節も魅力的だけど、生活に根付いた「その場所の知恵」みたいなおいしく安い素材に出会いたい、と感じてしまうのはよそ者の勝手な思惑でしょうか。

それでも思ってしまう、そういうのをもっとウリにしたらいいのになぁ、と。帰りがけに寄ったひなびた漁村の裏道で隠れるように存在していたスーパーで、ようやく見つけたたくさんの小魚を安く買って当初の目的を達した私は再び「こういうの、欲しい人は私以外にもいるんじゃないかなぁ」と。

もうそろそろ、遠くの海でとれる大きな魚を高価な値段で買って食べるだけじゃなく、島国の日本には色々な雑魚もおいしく頂く料理がある、ってなトレンドになってくると私が興味を持つような小魚も入手しやすくなるかもしれません。
by nicecuppatea | 2009-01-27 19:49 | もったいない | Comments(0)

ワイルド・シルク

昨日「拾ってきた」私のお宝たち。その中でもひときわ私がわくわくしたのはこれ。
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真ん中に見えるヤママユガの繭の抜け殻です。実はこれは私が見つけたのではなくカサカサと枯葉を踏みながら歩いていたときだんなが「何だ、これ?」と見つけたのです。わたしはすぐさま「わぁ~、ヤママユガのさなぎだ!」と拾い上げました。ダンナは、まさかこんなものを持って帰るのか!「えぇ~??勘弁してくれよー!」と驚き迷惑顔。

しかし、これは私には感動的発見です。ヤママユガは野蚕(やさん)、または天蚕(てんさん)ともよばれる野生の蚕。私の拾ったのは薄黄緑の色をした繭の抜け殻でしたが、この糸はしなやかで強く、その野生の繭は貴重なため「緑のダイヤ」とも言われているのだとか。日本では細々と飼育することによって野蚕の糸をとっているところもあるそうですが、野生の繭を野山からとってくることは行われていないのだとか。あたりまえですね、産業にするにはさすがに非効率すぎるでしょう(笑)ならばみつけた野生の繭はなおさら大事♪

昨年末、東京で行われた「エコプロダクツ展」を見に行った時、なんだか夢のような話をみつけました。(大方の人にとってはちょっとキモイ系の話かもしれないけれど)。インドネシアでは特産のフルーツの木でこの野蚕を育てる試みが行なわれているそうです(つまり農薬を使わず、果物の木の葉にガの幼虫が付きっぱなしにしておくってこと)。そうすると、「このままだと葉っぱが減って枯れてしまう、大変だ」と思った木は子孫繁栄のため一生懸命普通よりたくさん実をつけるので果物の収量は多くなり、そしてその野蚕は金色に輝くそれはそれは美しい繭をつくるので、それを「ワイルドシルク」として絹糸を紡ぎ、大変貴重な織物をつくっているというのです。

さらに素敵なのは日本の養蚕は普通蛹が羽化する前に繭を茹でて糸をとってしまいますが、ここでは蛹が羽化した「繭のカラ」からだけ絹糸をとっている、つまり何も犠牲にせず糸も果物もとっているというのです。ガは羽化すると交尾産卵し、次の世代に同じ営みを残します。昔はインドネシアでも「害虫」と見られていたガから今では貴重な絹糸をとるようになり人々がその昆虫に向ける目も、農業に対する考え方にも変化がでたのだとか。

ひるがえって私の生活の周辺を思い起こすと、週末を過ごす田舎の家の周りには私が子供の頃、地表数十センチの木の幹のところから箒を逆さにしたように萌芽をたくさん伸ばした木が植えてある畑がたくさんありました。それが、養蚕のための桑畑でした。

今でも古い作りの家を見ると日本家屋版「ロフト」に見えるような、二階の窓の上にさらにもうひとつ小型の屋根と低い窓がしつらえられているお屋敷がまだあります。これが「お蚕さん」を飼っていた家のつくりなのだとか。ただ、いつのころからかそのあたりから桑畑はまったく姿を消し、「すり鉢型の甲府盆地では空気が滞留しがちで農薬を散布する農家が多くなってきたからか蚕が育たない」という話すら聞いたことがあります。本当かどうか知りませんが、桑畑がひとつ残らず消えてしまったということは、養蚕をしている家がなくなったことは事実でしょう。

日本で「ガを飼育しながら絹糸をとりつつおいしい果物も育てる」なんてアイデアがあったら、ちょっと現実離れして聞こえるけど、夢があるなぁ(異論を唱えられる方は多いと思いますが、私はそう思います(^^)。薄グリーンのきれいな繭を手のひらの上で転がしながら、あるものとあるものがうまくつながったら、どこかにひずみを出すことなく今あるものが活用されるんじゃないかなぁ-…と、再び漠然と考えちゃいました。。。。
by nicecuppatea | 2009-01-26 20:07 | 昆虫&鳥 | Comments(0)

海辺の裏山にて

なぜだかどうしてもおいしい地魚が食べたくなり、この寒いのに毎年お邪魔する西伊豆のペンションにピーチともどもお世話になりに行きました。

西伊豆は、東伊豆と比べると東京から行くのに電車でのアクセスは不便で、「大きな砂浜」が広がっているわけでもなく、トレンディな雰囲気というよりひなびた雰囲気。そんなこともあって東の浜より人は少なく、犬と遊べる環境も多い気がします。誰もいないこの時期の浜は私たちでひとりじめ。
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おまけに漁港があって温泉があって、夏にはシュノーケリングでもできる岩場もあって…私たちにはうってつけ。もう15年も通っているところです。

お邪魔するペンションの裏はすぐに山。二人で並べば道幅いっぱいになるくらいのトレールが雑木林の斜面に何キロも続いています。なぜそこが好きかと言えば、ふかふかの落ち葉の急斜面を笑いながら走り回るピーチの姿を見るといつまでもそこで遊ばせてやりたくなるというのが一つめの理由で、もうひとつはそこが私の好きなものの宝庫だから(笑)で、これが今日の戦利品(^^
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雑木林の中でみつけたリスやネズミの食べた胡桃の殻、ヤママユガ(かな?)の脱皮した後に残った繭、長くてしなやかなアケビのツル、ユニークな形と質感を残したまま乾きあがった山の木の実のドライフラワーなど。また雑木林とその落ち葉に覆われた地面をよく見ればそこにはかすかに石を積んだだんだん畑の面影が。そこここに誰にも振り向かれることのなくなった柑橘類の木が実をつけています。フツーの人には「これはゴミでしょう」と言われるかもしれませんが、私にはお宝級(笑)

静岡県と言えば以前にも小田原の放置ミカン農園を訪ねたことがありましたが、よく見れば西伊豆の私たちが歩いたあたりも、雑木林に見える斜面はほとんど昔はミカンを育てていたところの様です。

山梨の畑のあたりには庭という庭にほぼ必ず柿の木や桃の木が植えてあるのと同じよう、この辺はどこの家のお庭にも金柑、温州みかん、夏ミカンなどの木が植えてあるよう。遠くから見ても明るい黄色の実が常緑で丸っぽいシルエットのミカンの木にちりばめられたように実っています。八百屋ではミカンはどこも山のような量で安く売っているし、きっと山梨の柿と同じように、たわわに実りながらまるで見向きもされないまま落ちていくみかんも多いんじゃないかな。

もったいないものが多いなあ。山の半分がおおわれている竹だって、もっと「タケノコ」とればいいのになぁ。無農薬のミカンならマーマレードやオレンジピールだけでなくってジュースだってお菓子だって使い道はたくさんあるだろうに…「ものがある」だけでモノは使えない。「それ」を木から取ること、加工すること、運ぶことを積み上げていくと消費することが現実的でなくなってしまうんでしょうか。「食料がない」わけではない、あるものが回らない、ということなら何か人が知恵を出せばもっと使えるような気もするのに…。なんて考えながら落ちてた実を拾ってきちゃった。

今日の夜はアケビのツルでも編みつつ、夕飯は地元の店で売っていた小魚の煮付けにしよう。こういうのも東京とかに出すには市場価値がないんだって。ウチの食卓はマグロのトロとかじゃなくていい、ウマヅラハギの煮付けが食卓に乗ればそれ以上望むものはありません。チビ太のお土産の小アジも買ったし(笑)身近にたくさんある、おいしいもので豊かさをかみしめる休日です。
by nicecuppatea | 2009-01-25 17:11 | 里と野山 | Comments(0)

無農薬栽培の功罪?!

年末以来、なんとか潤沢にある大根と白菜を使って体にもお財布にもよい食生活を送ろう!と考え、できるだけ聖護院大根と白菜をコトコト鍋で煮て、夕食は「ひとり鍋」をつくろうと試みています。味付けは少々の塩とごま油、コクを出すためにトリの骨付きぶつ切りをふた切れくらい。それに自家製ゆず七味。ポイントは野菜がクタクタになるまでひたすら煮続けること。これを形が崩れるくらいまで煮ると、白菜と聖護院大根の滋味豊かな甘さが舌にしみる一品に。

簡単でおいしそうに感じますが、実はこれには家庭菜園の野菜ならではのひと手間がかかります・・・。秋口、成長の遅れていたウチの畑の白菜が少しでも寒気の中で長い間成長できるようにと不織布をかけて保温をしていたところ、ひと株にアブラムシが大発生してしまったのです。たぶん普通に寒気にさらしておけばそうはならなかったのではと思いますが、それもこれも人工的に暖かさを維持しようとしたことへの代償ではないかと・・・(--;

かなりの外葉は焚き火で燃してしまいましたが、それでも食べる部分の葉っぱの小さいくぼみにアブラムシがまだ潜んでいたりして・・・。とてもそのまま鍋に入れる気にはなりませんが、せっかく結球した数少ない白菜。捨てるのはあまりにもったいなくてー・・・。

で、解決策→鍋に入れる前に別の鍋で葉っぱを下ゆでします。すると洗い落としきれなかった虫なんかもすべてきれいにとれるので、それをさっと水洗いして改めて食べる鍋に投入。ダンナが鍋にアブラムシが入ってるのなんか見つけちゃったりしたら、今後決して「自家製野菜」などに手をつけてくれなくなるでしょうから(笑)虫などついていない野菜で料理ができあがるようにすることには細心の注意を払います(^^

白菜のアブラムシだけではありません。畑から野菜を取ってくれば、そりゃあ虫だってついてくるというもの。それが有機栽培の、自家菜園のもうひとつの側面です!夏には切ったオレガノの花束を東京に持って帰ってこようと車の助手席の下においたままドライブしていたら、車のエアコンのつまみの上に小さいイモ○シが…。あまりにそぐわない場所にそぐわないものを見つけダンナも「勘弁してくれよぉ」と苦笑い。台所で洗い物をしていたらガラスのコップの中にカタツムリの赤ちゃんがいたこともありました。。。皆、意思にかかわらず私に都会に連れてこられてしまったモノたち・・・。そういうヒトタチは丁寧につまんで東京の小さい庭に放します。

有機とか家庭菜園とかっておしゃればかりではなくて人間以外の生き物も許容することにもなります。そこのところを隠したままだとやっぱり、都合のいいものになっちゃうような。でもやっぱり家のなかの予期せぬ場所でそのヒトタチを発見すると私でもちょっとぎょっとするかな。
by nicecuppatea | 2009-01-23 21:57 | 野菜&実の加工 | Comments(0)

スローライフの対極で・・・

ここのところ、なんだか毎日会社の仕事に追われて「スローな」ライフスタイルにはおよそ無縁な生活を送っています・・・そうるすとブログのアップもついついまばらになりがち・・・。

今日は再び海外からのエグゼクティブが来日し、業績祝いとやらでトップから30人くらいの日本語話者、非日本語話者入り乱れての立食パーティーの通訳となりました。

余談ですが、私はアルコールの入った席での通訳が嫌いではありません。日本人はえてして夕方6時までは品行方正、自分の意見を言うよりは人の意見に合わせ、あまり「自己表現」をすることをよしとしない民族性に見受けられます。、それが午後6時を過ぎ、魔法の水が入ると同時に、それまで表現できなかった自己の思いなどをかなり雄弁に語るようになるのです。それを通訳するほうが、「アリバイ作り」的な会議の同時通訳をするよりよっぽど実があるというもの。

アフター6とビフォー6をきっちり分ける西洋の人の中には驚く人もいるかもしれませんが、日本の「ビジネスマン」の本音を聞きたければ、午後6時以降、アルコールを入れて胸襟を開いたコミュニケーションをしなければ難しい・・・とわかっていてもそれに付き合える外国人とそうでない外国人がいます。それに付き合うことをよしとする外国人は何としても助けてあげたくなります。

そんなこともあり、私は多少ろれつが回らなくとも、自分の心の中にあることを正直に語るような「飲みの席」の通訳を、自分もたしなみながら行うことを好むタイプ。気がついたら日付が変わるまでひたすら呑み助のおじさんの間に入って通訳していた・・・なんてこともざらです。

それが、好きなのです。共通の母国語の持たない人同士が、その言葉の違いをさておき、自分と違う文化の中に入り込み、とことん「その人」のことをわかろうとしている・・・と感じると、もうどんなことでも助けてあげたい、と思ってしまう・・・。これは「血」なのだと思います。

今日の立食パーティーは、「通訳さんは会費はいりません」との幹事さんの声。私はひたすら飲み、食い(^^;)、母国語を共有しない人の間で会話が発生したと思えばそこのコミュニケーションのお手伝いに飛び込んだり、普段あまり話す機会のない日本語オンリーの人に私の「通訳をつかわなければ会話ができない人は外資では昇進はできない、なんて思わないで、私を使ってください~~!」と日頃の心意気をお伝えしまくります。

結局戦略だあ、なんだと言っても会社って「人」のやっていること。人の気持ちで1になることもあれば10になることもあるのだと思います。どんな生業の会社であれ、そんな状況の中で母国語を共有しなくてもメッセージを共有しなければならない従業員たちの間で、コミュニケーションの介在のために存在するのは、自分が100%自分の力を投入してぶつかりたい、と思える仕事。自分がそんな風に思える職種に巡り合えたことに幸せを感じます。

「nicecuppateaさんがこの会社にいてくれてよかった、ずっとこの会社のコミュニケーションの仲介として働き続けてくださいよ」と、最近外資から転職してきた管理職の人が言ってくれた・・・それを半分酔っ払いながら有頂天で聞いていた気がしますが、それって幻だったのかな。

会社ではひたすら裏方の通訳仕事だけれど、こんな飲みの機会などに、誰かが喜んでくれている、見てくれている、そう気づかせてもらったりすると、もうどんな高い木にも登ってやろう・・・と思ってしまう、おだてられ上手な通訳者なのでした(^^;
by nicecuppatea | 2009-01-22 00:00 | 会社でのこと(通訳) | Comments(4)

真冬の風景

今がまさしく寒の底、でしょうか。。。先週土曜日、明け方に到着した山梨の畑近辺はマイナス5度。畑を見回しても、湿ったものの何もないカラリと乾いた空気が頬に刺さります。

2週間ひと気のなかった田舎の家はシンとして床の底から冷えていて、屋内と屋外と全く気温差はありません(^^

そんな中でなんとなく心配していた沢庵も水が上がっていました。重しとフタは10センチくらい下に沈み、漬物石も大根からあがってきた水分に半分沈んでいます。多少水分の抜けた乾きめの大根にさらさらの糠と塩をまぶしていっただけなのに、こんなに水分が上がってくるとは、すごいものです。毎年行っている人にはふつうの光景なのでしょうが、あらためて食べ物を「保存する」という先人のつくってきた知恵に感じ入ります。
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部屋の中はあまりに寒くて冷蔵庫を開けるとその中の方が暖かいくらい(^^バナナ、サトイモ、サツマイモといった暖地系の食べ物のおき場所さえ気をつければ、食物は夏に比べて傷まないので、気が楽です。

甲府盆地は雪がふらず、本当に寒いときはカラカラに乾燥します。そんな時、雑草の生えていない、半日日陰の畑の土などは、スコップも鍬の歯も立たないくらいがちがちに凍ってしまいます。日当たりの良い場所であればそこまで凍ることはありませんが、毎日霜柱ができたり、解けたりして雑草は根っこから浮き上がり、土はパサパサに乾燥し、ビニールのマルチなどをつかわない私の畑では、真冬を苗のまま過ごすたまねぎなどは乾燥と凍結で枯死してしまうこともあるので、せっせと落ち葉で地表を覆います。

そんな中でも元気に緑の葉を広げ続ける野菜もあります。これは三寸ニンジン。
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まだ暑い時期に種まきをして、乾燥ぎみの気候の中で発芽率は良くなかったのですが、いったん大きくなったニンジンたちは他の葉が霜に当たって枯れてしまったり、しんなりしてしまっている中でもまるで影響をうけず、青々としています。こんなに寒さに強いなんて、知らなかった。

こちらは何の畑だかわからなくなっちゃった感がありますが、にんにくの芽です。
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雑草と、あちこちに種を飛ばして畑中から芽吹いているカモミールの苗に囲まれています。草が生えていればそれだけ霜や乾燥による土の侵食も和らげてくれるので、あくまでこの雑草園化したにんにく畑は春までそのままにします。あんなに目の仇にして夏には抜きまくった雑草ですが、冬には愛しく見えて抜かずに大事にしてるんですから勝手なもんですよね(^^
by nicecuppatea | 2009-01-19 20:07 | 畑の野菜・くだもの&いきもの | Comments(0)

気が小さい…

世間でよく言われるのは「猫は尻クセがいいものだけど犬はねぇ…」ということですが、我が家ではその通りにはいきません。

ピーチはまだ仔犬だった頃、犬を飼うのが初めての私たち人間が、ケージの中の寝どこと一緒にトイレシートを設置してしまったがために、ケージから出して部屋のじゅうたんの上に放されたとたんに「チピチピ…」としでかしてしまうことがあった以外、全くおそそをしていません。もちろんこの場合は、「寝どこでおしっこなんてできない!」と仔犬ながら思っていたであろうピーチのキモチを全く理解していなかった我々人間の方に非があります。

ひるがえって世間的に「尻クセのいい動物」と言われている猫のチビ太。
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こんな格好で寝てはいますが、これがもうばかばかしいくらい神経質で、我々人間がどんなにいろいろ試してみても、おしっこが家でうまくできません…。とにかく気が小さくて、おしっこをするまでの動作の中でいろいろなことが気になって仕方がないようなのです。

家の中にも「猫砂」を敷いたトイレがあるのですが、まずなかなかそこに入ってくれない。最初はそのトイレが小さすぎるのか、と思って大きいのに買い替えてみましたが駄目。肉球の間に挟まる大粒の砂の感触が嫌なのなら、と粒子の細かい砂に変えてみたり、気が散るのかもしれないと思って二方面を壁で囲まれている角にトイレの位置を変えてみたり…それでも駄目。かと思えば、猫トイレのそばに夏に収穫した「ニガウリ」を数本置いておいたら、その恐竜の皮膚みたいな形が怖かったらしく、その場所に寄り付かなくなる始末。また向いの家の解体が始まって大きな音がしだした、と言っては神経性の膀胱炎になっておしっこが出にくくなり、血が混じったりします。獣医さんにいっても「神経性の膀胱炎は薬は効かないんですよ~」と言われるばかり。

東京ではこんなに神経質で、人がなでていても時々突然歯を立てたり、何となくイライラがつのっている様子のチビ太ですがすが、田舎に行くとその様子も一変します。夜は良く寝るし(夜行性なはずなのに!)、人になでられていてもまるで引っ掻いたり歯を立てることがありません、何と言ったって、庭にでれば縁側の隅などにいくらでも乾いたさらさらの砂があるのですから!(東京ではご近所の庭でこんなことをやったら苦情に発展しかねません…)用を足している様子を遠くから見ていると、コトをなし終えた後、ブルッと身震いをするとものすごい勢いで庭を走って柿の木のてっぺんまで走って登ります。あぁ、気持ちいいんだなぁ、とみているだけでわかる光景(笑)下種な話ですけど、人間だけでなく、動物にとっても田舎で満喫できる気持ちのゆとり、スペースのゆとりって貴重なんですね。
by nicecuppatea | 2009-01-14 23:22 | ピーチ&チビ太 | Comments(2)

一か月遅れの沢庵づくり

今週末は東京にいたのですが、これは先週末、田舎での話。

前回に田舎に滞在した時、次にここに戻ってきた時に向いに住んでいるおばあさんから「たくあんづくり」を教わる、と約束していました。前週、軒下に干しておいた大根を見てみると、いい具合に乾いてきています。沢庵づくりには「つ」の字に曲がるくらい大根がしなしなになるといいといいますが、ちょっと「く」の字っぽいものも。おばあさんが「まあいい」というのでこれくらいでつけこむことに。

さて、前回おばあさんに「特別準備するものは?」というと「糠だけ買っといて」。まさかと思い「それ以外は?」というと鷹の爪、昆布…という。いつもつけものを漬けている人おばあさんにとって「何を準備するか」なんて質問はあまり答えやすい質問ではなかったかも。

ビギナーの私は、「たぶん塩もたくさん、それ以外に漬けだる、ふた、重石…」と考えて20年前からほとんど手つかづになっている物置を物色してみると、それっぽい壺、割れたふたが見つかりました。それを用意して、言われたとおり干し大根の葉っぱとひげ根を取り除き、おばあさんを呼びに行きます。日向での無言の作業を続けていると、ピーチは退屈らしく…(笑)
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おばあさんは私に新聞紙を広げさせ、その上に適当に糠を広げるとそこに、適当に塩を混ぜ、それを手で混ぜ始めました。「こんなもんでいいら」。恐るべき目分量(^^;そして壺の下から順々に大根、糠、適当にちぎった唐辛子、適当に切った昆布をちらして、再び大根を詰めます。上に来るに従ってだんだん壺の幅が広がって来ると、さっき大根から切った先っぽの葉っぱのからからに乾いたものを無造作に間に突っ込んでいきます。
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「無造作」かと思いきや、私の糠のかけどころが甘いと「そこじゃなくて」と細かいチェックが入ります(笑)無造作に見えて、絶妙の自分の塩梅が確立しているのかもしれません。できるだけ大きい石を乗せて、と言われて庭にある大きな石を二つ乗せて、今日は完成。

かくして、思いのほか豊作だった大根を有効に使うため、世間様より1か月遅れて思いつきで沢庵漬を決め、恐るべき目分量で漬け込みが終わりました(^^これでどんなものができるでしょうか…でも、この緩ーい感じが自分には合っている気が(笑)おいしくできれば万々歳だけど。食べれるのは今月終わりでしょうか。

水が上がっていればいいけれど。
by nicecuppatea | 2009-01-12 22:55 | 野菜&実の加工 | Comments(0)

冬の生垣づくり

先週金曜は東京に降った雨にも雪がまじって本格的に冬になってきた感じがします。バスケットを編む時に使うツルなどの収穫は冬が一番。なぜなら植物はみな活発な成長を止めて葉を落とし、ツルなども水分をあまり含んでいなくて締まっていて乾きやすいし、そのまま編んでもあとから縮む割合が少なくてすむからです。植物が春に備えて、この時期は生命維持の活動レベルを最低限まで落としているからでしょう。そういう、植物が「寝ている」状態の時が、植物の「植替え」には一番いい時期だと言われています。

イギリスにいた時、毎週南部ハンプシャーの里山で地元のボランティアのおじさんたちと里山の景観・生態系維持を助けるようなボランティア仕事をしていましたが、この時期の定番仕事がhedgelaying(ヘッジレイイング)という「生垣づくり」でした。

ハンプシャーなどイギリス南部の伝統的景観に生垣(ヘッジ、ヘッジローとも言います)は欠かせないものです。作り方は地方によって多少の違いがありますが、どれも牧場の境、敷地の境などにヨーロッパナラ、ホーソン、ブラックソーン、スピンドル・ツリー(マユミ)、アシュ(トネリコ)、エルダー、ドッグウッド(ハナミズキの仲間)、ゲルダーローズ、ウィロー、クラブアップルなどあらゆる在来植物で構成された分厚い緑の「境目」として存在する、と言う意味で共通です。

イギリスの伝統的景観になくてはならないものであるだけでなく、そこに住みかを作ったり、その植物の葉や実を食べる生物を宿らせる、生物多様性の宝庫でもあります。私にとっては、ジャムやリキュールづくりのもとになるさまざまなベリー類の宝庫でもあります(^^
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真冬にはよく新しい生垣を作るため、たくさんの苗木を植えたものです。上に書いたような在来種の、それもできるだけ近隣の木で採れた種から育てた30センチほどの苗木を生垣をつくりたい線にそって50センチ間隔くらいの割合で植えていく作業をひたすら続けていくのです。

これらの植物は皆大きな木に成長する木だということを考えると、日本であれば考えられないほどの密植(笑)でもこうして密に植えることで植物は巨木にならずに双方の木と枝を絡ませ合いながら分厚い、しかも(私の目から見れば)様々な種類のおいしい実がびっしりなる、グリーンの壁を築いていくのです。でもそんな成熟したヘッジになるには何十年もかかります。日本であれば、もう大きくなった木を移植して促成で生垣を作りそうな気がしますが、こちらは何とも気の長い話。たいてい寒い中での単純作業ですが、私の好きな冬の作業のひとつでした。何年も後のことを考えて苗木を植えるのって夢があるじゃあないですか。

e0151091_1155445.jpg数年前、休暇を取ってイギリスに行った時も、到着翌日にはしとしと冷たい雨の降る牧草地でレインコートを着て再び苗木の植樹を手伝いました。
なぜ休暇を取ってきた場所で、こんな天気の中でこんな重労働を好き好んでするのか…さすがのイギリス人もいぶかしげでしたが(笑)2年後の春に同じ場所を訪れたときの写真がこれ。(周りのワイヤーは若木を放牧中の牛が食べてしまわないようにするための一時的なものです)道はまだ長いですが、こうしてイギリスではあちこちで一度は失われたヘッジが復活しています。昔あったものの価値を再評価して、「なくなってしまったから仕方がない」ではなく「では再生しよう」という考え方が何というか私を明るい気持ちにさせてくれます。

山梨の田舎を散歩しているとイギリスのヘッジは日本の「用水路」と役割や性質が似ているなあと思います。私が子供の頃、田舎の家や畑の境には石垣でできた用水路がそこら中に走っていて、小魚や貝が住んでいました。でも用水路の泥さらいや清掃は、高齢化してきた住民に負担になるなどの理由もあって徐々にコンクリの用水路にとって変わっていきました。イギリスでもヘッジは管理の手間がかかることから人工的な柵に変わってしまった場所が多いのだとか。でも、「境目」という物理的な役割だけでなく、美しい景観を作り多くの生きものを宿すというさまざまな意味での「価値」が再評価されて、今では農家の人が伝統的なヘッジを再生する場合、自治体などからかなりの補助金がもらえるそう。日本の用水路も、昔のように生き物が住みかとできるような自然の形に戻しましょう、そのためにお金をだしますよ、なんてことになったらずいぶんと心が弾むだろうなあ。
by nicecuppatea | 2009-01-11 11:07 | イギリスでのこと(環境保全) | Comments(2)