カテゴリ:里と野山( 33 )

海辺の裏山にて

なぜだかどうしてもおいしい地魚が食べたくなり、この寒いのに毎年お邪魔する西伊豆のペンションにピーチともどもお世話になりに行きました。

西伊豆は、東伊豆と比べると東京から行くのに電車でのアクセスは不便で、「大きな砂浜」が広がっているわけでもなく、トレンディな雰囲気というよりひなびた雰囲気。そんなこともあって東の浜より人は少なく、犬と遊べる環境も多い気がします。誰もいないこの時期の浜は私たちでひとりじめ。
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おまけに漁港があって温泉があって、夏にはシュノーケリングでもできる岩場もあって…私たちにはうってつけ。もう15年も通っているところです。

お邪魔するペンションの裏はすぐに山。二人で並べば道幅いっぱいになるくらいのトレールが雑木林の斜面に何キロも続いています。なぜそこが好きかと言えば、ふかふかの落ち葉の急斜面を笑いながら走り回るピーチの姿を見るといつまでもそこで遊ばせてやりたくなるというのが一つめの理由で、もうひとつはそこが私の好きなものの宝庫だから(笑)で、これが今日の戦利品(^^
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雑木林の中でみつけたリスやネズミの食べた胡桃の殻、ヤママユガ(かな?)の脱皮した後に残った繭、長くてしなやかなアケビのツル、ユニークな形と質感を残したまま乾きあがった山の木の実のドライフラワーなど。また雑木林とその落ち葉に覆われた地面をよく見ればそこにはかすかに石を積んだだんだん畑の面影が。そこここに誰にも振り向かれることのなくなった柑橘類の木が実をつけています。フツーの人には「これはゴミでしょう」と言われるかもしれませんが、私にはお宝級(笑)

静岡県と言えば以前にも小田原の放置ミカン農園を訪ねたことがありましたが、よく見れば西伊豆の私たちが歩いたあたりも、雑木林に見える斜面はほとんど昔はミカンを育てていたところの様です。

山梨の畑のあたりには庭という庭にほぼ必ず柿の木や桃の木が植えてあるのと同じよう、この辺はどこの家のお庭にも金柑、温州みかん、夏ミカンなどの木が植えてあるよう。遠くから見ても明るい黄色の実が常緑で丸っぽいシルエットのミカンの木にちりばめられたように実っています。八百屋ではミカンはどこも山のような量で安く売っているし、きっと山梨の柿と同じように、たわわに実りながらまるで見向きもされないまま落ちていくみかんも多いんじゃないかな。

もったいないものが多いなあ。山の半分がおおわれている竹だって、もっと「タケノコ」とればいいのになぁ。無農薬のミカンならマーマレードやオレンジピールだけでなくってジュースだってお菓子だって使い道はたくさんあるだろうに…「ものがある」だけでモノは使えない。「それ」を木から取ること、加工すること、運ぶことを積み上げていくと消費することが現実的でなくなってしまうんでしょうか。「食料がない」わけではない、あるものが回らない、ということなら何か人が知恵を出せばもっと使えるような気もするのに…。なんて考えながら落ちてた実を拾ってきちゃった。

今日の夜はアケビのツルでも編みつつ、夕飯は地元の店で売っていた小魚の煮付けにしよう。こういうのも東京とかに出すには市場価値がないんだって。ウチの食卓はマグロのトロとかじゃなくていい、ウマヅラハギの煮付けが食卓に乗ればそれ以上望むものはありません。チビ太のお土産の小アジも買ったし(笑)身近にたくさんある、おいしいもので豊かさをかみしめる休日です。
by nicecuppatea | 2009-01-25 17:11 | 里と野山 | Comments(0)

月夜の楽しみ

寒い夜というのは、甲府盆地の真ん中の場合、たいてい雲のまったくない夜です。そんな夜はとても寒いけれど、月が楽しめる夜でもあります。

都会にいると、あまり月の明るさとかって感じないものです。特に会社の周りはネオンが煌々と光る繁華街もあり、帰宅の時住宅地を歩けば、暗闇のスポットがないように数メートル間隔で街灯があります。(もちろんそれで安全だと感じるのですが…)夜は暗い…けれど電気があれば暗くない、都会に暮らすとついついそんな気になります。

山梨の家に滞在する週末、雲がなく月が高い夜は、ピーチを連れて街灯がまったくない桃畑へ夜の散歩に出かけます。
このあたりは甲府盆地のど真ん中。あたり一面に桃畑が広がり、その間を農道が網の目のように走っています。15分も歩けば川原に出ることもあり、昼間もかっこうの散歩道。収穫用に低く誘引された桃の木が道の両側から枝を伸ばし、春、夏、秋、冬と、違った色に囲まれた小径になります。

この時期の景色の色は「透明」。まだ冬の剪定を終えていない桃の枝は夏に伸びた形のまま、桃にかぶせていた白い紙の「袋」だけが花のようにまだ枝に残っていますが、全ての葉が落ち、枝がすけすけになった結果、はるか遠くの山肌の人家まで見通すことができるからです。夏はこんもりした緑の葉が回りの視界を覆って、まるで遠くは見えないのですが。

月のある夜、この真っ暗で葉っぱが全部落ちた桃畑を散歩すると、上空の月が道を照らして影ができるほど。街灯などなくても十分桃の畑の中を散歩できます。360度周りを山に囲まれたすり鉢状の盆地の真ん中だから、遠くの山肌の人家の光が葉の落ちた桃の枝の間から星のように見えます。音は全くないのですが、時折数キロ先を走っている中央本線の電車の音が聞こえたりします。昼間は聞こえないのに、夜になると遠くの音って聞こえるものです。

たかが月の光なんだけど、自然の光、ってなぜこう、うれしくなるんですかね?
by nicecuppatea | 2008-12-09 20:28 | 里と野山 | Comments(2)

山の宝さがし

週末は結局、とてもバスケットを編む、というような余裕はなく畑仕事に追われましたが、「そろそろ山の方にいってみたら秋だから、何かおもしろいものが見つかるかも!」となんとなく思いつき、買い物に車を出した後近くの山の中を少し歩いてみました。私の言う「おもしろいもの」とは、漠然としていますが、かわいい実のついたツルだとか、そんなものです(笑)

キッチンガーデン(というか畑)自体は盆地(ほぼ桃畑と住宅地)のど真ん中にあって、周りには山も雑木林もないので、そういうところには「行こう!」と思って車でいかないと行けません。

甲府盆地の端にあたるここらの山は、それほど高い山でもなく、なだらかな山肌には私が子供の頃は頂上近くまでぶどう棚が続いていたものです。春になると子供だった私でもひとりで自転車にのって山へ入っていけて、わらびとりができるあぜ道がたくさんあって、東京住まいの自分にとって子供心にとても楽しい「自然」の場所でした。

数年前そこが開発されて温泉施設と「フルーツ公園」ができました。甲府盆地全景を見渡しながら正面に富士山の頂上が見える場所の温泉ということで、最近は雑誌にも紹介されるほどの人気。そのあおりか、わが畑のそばの「ほうとうや」なども、土日に駐車場に止まっているのは殆ど県外ナンバーの車です。

人が集まってきてくれる、ということは何よりこの地区の人たちが望んでいることでしょうし、峠の温泉もそりゃ、気持ちがいいと思う。ただ、私としては舗装道路に人工的に植えつけられた果樹園よりも、ブドウ畑の間の舗装もしていない道を自転車を押してあがりながらわらびとりをした、ああいう場所がなくなってしまうのは、少し寂しい。最近はさらにその山の温泉の「奥」まで車でいかないと、そういう雑木林には行き着けなくなりました。

…ということで、スーパーの帰りに温泉を通り過ぎて山の奥へ。そこまでいくとまわりには一面「放置畑」が広がります。うっそうと生い茂ったツルが棚を押しつぶし、地面からは草が生え、ジャングルのような様相を示していた畑は「ちょっと見」では何の木かもわかりませんでしたが、よくよく見るとそれはキウイ畑でした。
e0151091_2321799.jpgおそらく放置された時はキウイを作っていたのでしょうが、その前はこの棚は間違いなくぶどう棚だったでしょう。ぶどうは手がかかるからキウイに変えて、それでも誰も面倒見る人がいなくて結局放置されて・・・などと想像してしまう。
ぶどうの木は放置されるとほとんど枯れてしまうけれど、放置されたキウイ畑のキウイのツルは、人通りもなくなった歩道にまでツルを伸ばし、びっしりと小さい実をつけていました。たくましいものです。

そばには大きなスズメバチの巣まで。どれほどここに人が入ってきていないのでしょう。
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「この畑、ほしいなぁ…」とつぶやく私に、ダンナは戦々恐々(笑)
by nicecuppatea | 2008-11-12 07:46 | 里と野山 | Comments(2)