カテゴリ:里と野山( 31 )

みそぎ…になったか?

9月の第3週ごろというのは、甲府盆地のブドウの最盛期 ♪ 週末は渋滞が予想されるので、会社を休んで一足先にブドウを買いに山梨へ日帰りドライブにでかけました。

「ピーチ」の名前の由来は、彼女がウチに来た頃、毎週末、東京から山梨に通って畑をやっていて、なんか「桃」が自分たちの中で特別身近な果物だったから。3年ほど前までは本当に、1週間のうちのかなり長い時間を過ごした場所です。

一年を通して甘い果物がたくさんある場所。どこに行ってもピーチも張り切って歩いていたものです。

だんだん歳もとるし、最近いかなくなっちゃった山梨で果物を食べるチャンスがあれば、ぜひ行こう!とブルーベリーの収穫が忙しい真夏に話をしていたのでした。夏はワンズはきっと退屈だったに違いないから、久しぶりに、おいしいものと広い野原と冷たい水の川のあるところに遊びに行って、ゆっくり、楽しく散歩しよう、と。

ワンコにブドウはよくない…と、知識として私たちが知ったのは、夏じゅう毎週、ひと房ただでももらった巨峰を丸ごと食べ続けて、ピーチがブドウを大好きになっちゃったあとでした(^^;12歳までそうして楽しく暮らしてきたのだから、今更やめるのじゃなくて、もう一度大好きなブドウを食べに行けたらいいんじゃないか、と。

山梨のブドウはものすごい勢いで進化しています。ひたすら大きく、甘く、皮が薄く。採ったばかりのブドウはみずみずしく皮がパンパンに張っています。これに一度慣れてしまうと、やはり産地以外で食べるのは難しくなります。

それだけじゃなく、何かこの果物の色に惹かれます。なぜでしょうね。青紫の実って、魅力的だわ~。
e0151091_21194444.jpg

ブドウに限らず、秋の実には、青紫のがたくさん!ついつい目が行きます。
e0151091_21201153.jpg

ブルーベリーであれだけ青紫、採ったのに(笑)
e0151091_21202992.jpg

ワンズへのみそぎ…に行ったはずなんですが。一番楽しんでるのはわたしか?さらにその後河原に散歩に行ってみて、もっと私中心のイベントになってきた感が。その様子はまた後日(^^/
by nicecuppatea | 2014-09-12 21:25 | 里と野山 | Comments(0)

道端の実り

週末は毎朝、狭山湖か多摩湖を一周走っています。半分東京都、半分埼玉県に属する東京都の水がめで、やはり汚染を恐れるのか、周りは柵が張り巡らされ、基本的にヒトは中に入れません。

基本的に、ジョギングをするヒトタチはその柵の周りを走ります。。柵とか、塀とか道の脇とか、けっこうそういうところって、面白いものが生えてるんですよね。とりわけ、柵にはツルがよくからまるので、走りながらもついつい柵に目が行きます。

今ごろの時期、畑ではそろそろ麦穂が実り始めています。
e0151091_1785147.jpg

考えてみたら、麦の仲間の雑草も今頃がちょうど実りの季節なのかもしれません。どーでもいいようなことですが、これらの「雑草のアタマ(穂)」の形、色々あるなぁとかねがね思っていたので、今日は、走りながら目に入る違った麦の仲間と思われる雑草のアタマの写真を全部撮りながら走りました。まぁ、意味はないんですけど(笑)しかもボケてる写真ばかり。
e0151091_1125585.jpg

e0151091_1131336.jpg

e0151091_1133067.jpg

e0151091_1135748.jpg

e0151091_1141141.jpg

e0151091_1142968.jpg

e0151091_1145312.jpg

e0151091_1151475.jpg

e0151091_1153048.jpg

これらの穂はみんな、刈り取って乾かすとグリーンの茎がきれいな金色になるので、三つ編みにしたりして、けっこうかご編みの素材にもつかっています。穂の部分は色々集めて、上から15センチぐらいで切りとり、一掴み分ぐらい(そうですね、スパゲッティの束でいったら、400g分ぐらいでしょうか)まとめて束にして、穂の部分をやんわり広げると、けっこうゴージャスな花束になります。ドライになっても綺麗だし、バスケットにもよく合います。面倒くさいから自分ではもうやらないけど(笑)

考えてみたらみんな麦の仲間だから、畑の麦と同じころに穂が出るんですねー。こういうのも鳥たちのゴハンになったりするんでしょうか。

農家のヒトタチは、畑の脇や道端、柵のそばなどは機械で除草がしづらいので、除草剤をまいているのをよく見ました。翻ってイギリスでは「そこのところ」にだけでも自然が残っていれば生き残れる野生動物がいるから、柵から3フィートは草刈りをしない、という規則があった、ということも書きました。

道端の実りにこそ、結構な豊かさが見えて楽しい気がするんですけどね。
by nicecuppatea | 2014-05-10 11:16 | 里と野山 | Comments(2)

近所で充足!

家のカゴ置き場。
e0151091_20112597.jpg

ちょっと太り始めたので筋トレを^^
e0151091_20122657.jpg

いやいや、少しゆがみのある平底のカゴに重石を乗せて平らに。これが一番使いやすいのです~

昼過ぎには近くのトトロの森を通って狭山湖畔まで散歩に。湖畔ではヒトはコーヒー。ワンズは昨日の畑のたき火で焼いた焼き芋の残りを。
e0151091_20125448.jpg

e0151091_20131623.jpg

そして私は途中の道沿いで雪で枝から垂れ下がり伐採された太い葛のツルを発見~。
e0151091_20133393.jpg

これも大きなバスケットになりそうです。
e0151091_20135164.jpg

でも今日はほぼ収穫だけでタイムアウト。来週もきっとバタバタ。編みだすのは来週末からかな~
by nicecuppatea | 2014-03-09 20:14 | 里と野山 | Comments(0)

ご近所再発見

3年ほど前、田舎に引っ越してきたのは、週末ごとに都会と田舎の間を移動したりする生活をやめ、ゆったりとした時間を楽しむためでもあったはず、、、なのですが、やれ畑、ジョギング、マルシェ参加と、気がつけば休みの日ほど慌くて、月曜日は時に消耗しきっていたりする今日この頃。。。

「少しさぁ、何も予定入れない日も作ろうよ…」

ダンナの心の叫びにも聞こえ、それももっともかな、と思い、昨日は朝のジョギングだけしたら、買い物にも、畑にも行かず、お昼過ぎにコーヒーだけ持って、Pづれでゆっくり近所の散歩に出かけることに。

近くは市街化調整区域や、トラストの管理する里山があり、家から五分でうっそうとした森の中へ^^

さらに散歩コースの狭山湖は東京都の水がめのため、湖畔への立ち入りが制限されていることから、堤防(?)の上から眺めると、湖の周りは人工の建造物が一切なく、ウチから歩いて15分の距離にあるのに、どこぞの原野の風情。

湖近くの田舎道を歩きながらゲットしたのがこちら。
e0151091_2227337.jpg

明日はフキと竹の子と蕨の煮物かな。

湖畔を歩いていたらこんなのにも出くわして。
e0151091_22281457.jpg

望んで移り住んだとはいえ、こんな田舎感満載のところとは、今まで気づかず。

芝生の上でおやつももらったし、Pさんも結構満足げ。
e0151091_22293720.jpg

時にはゆっくり歩くってだけで、けっこう見過ごしていたものに気づくもんですねー。
by nicecuppatea | 2013-04-30 22:30 | 里と野山 | Comments(0)

春キノコ

去年もたしか5月初旬に、「これは網笠茸ではないか」と、山梨の庭で見つけたキノコのことを書いた覚えがあります。正直食べても味がわからないくらい小さかったので、魅力的ではありましたが、結局口にして確かめることもなく終わり、いつしかそのことすら忘れていました。

5月のあたま、家のそばの公園で日向ぼっこを終え、何気なく目をやった桜の木の根元に、何やら知っている形のものが目に入りました。それは私が山梨で見たのと同じ形でも、大きさはその6、7倍はあろうかという同じキノコでした。
e0151091_21213550.jpg

イメージよりもかなり大きかったそのキノコを見た瞬間、脳みそが自動的に覚えている情報を集め出したのを感じました。時期は?…ゴールデンウイーク、そして八重桜の終わった頃。生える場所は?…桜の木の下。やはり間違いない…などと考えながら、既に目は桜の木の下に釘付け。私の目は、キノコだけを見る「キノコ探しモード」に(^^

網笠茸は、英語でモレル、仏語ではモレイユと呼ばれ、ヨーロッパでは高級な食用キノコとして珍重されているキノコ。でも日本で食卓にあがっているのは見たことがありません。知ったようなことを言う私も、食べたことがないのですが、イギリスにいた時友人が、そのキノコに似せて作ったオブジェを見せてくれて「これは本当に美味しい食用キノコなんだ」と、説明してくれたことがあったのです。イギリスでは「貴重すぎて」ついに実物を見ないで終わってしまいましたが。

そのモレイユが、目の前の桜の木の根元近くに、ぽこぽこ生えているのです!

ピーチに「こんな散歩、つまんない」と言う目で見られながら、それから同じ公園内を、桜並木に沿って三周歩いて、約20本の収穫。
e0151091_2126763.jpg

とりあえず、キノコだから干したら味が良くなるんじゃないかと思って干してみました。あっという間に乾燥したので翌日、意を決して(?)カルボナーラに入れてみました。
e0151091_21264082.jpg

う~ん、歯ごたえは○だったけどそこまで感動の香りは感じなかったなぁ…。

ま、家のそばの公園でバスケット一杯に季節のキノコ穫りができた、ってだけで、私的には満点以上かな♪
by nicecuppatea | 2010-05-23 21:27 | 里と野山 | Comments(0)

春の花

昨日もおとといも、週末を過ごした山梨の桃の花がきれいだったことを書きました。この時期の山梨と言えば、確かに桃の花のことばかりが話題になりますが、畑や林を見回せばそのほかにもいろいろな花たちが。

畑は盆地の真ん中にあるので、「自然」と言っても周りにある緑と言えば、野菜畑と桃畑、そして庭木と河原だけ。山林や雑木林は歩いて行く距離にはありません。そんな中、河原のそばに整備された森の様な「公園」があります。中に小さな小川も流れていて、子供用のアスレチックのような公園もあり、ピーチも大のお気に入り。(中でもアスレチックが大好きなんですが、ヒトがいる時は無理。うーんと寒い冬で小雨の降るような、人間が絶対散歩になどでないような時に行くと、「ひとりじめ」で遊べます^^)

久々にピーチと一緒にその林に散歩に行くと、あたり一面にすみれの花が。
e0151091_22175122.jpg


私の畑を見てみても、チンゲン菜がアブラナのような黄色い花を咲かせ、ぽかぽかと暖かい陽の中でテントウムシもやってきました。
e0151091_22191134.jpg


そして花壇の中には「今年こそ!」と期待大のブルーベリー。小さな苗で買ってきて3年がたちました。
e0151091_2220165.jpg

毎年夏には背の高い雑草に埋もれてしまい、なかなか大きくなれませんが、今年はご覧のようにびっしりとつぼみがつきました。異品種を植えたのに、日当たりや風通しが悪いせいか、つぼみのつきも毎年思わしくありませんでした。ことしはとても期待が持てそうです。

普通は断然「きれいな花」より「おいしい実や野菜」のほうに興味が偏っている私ですが、さすがにシーズン初めの色彩のオンパレードにウキウキするものです。もう畑は全開。草刈りが後手後手にならないよう、これからは毎週草刈りをしながら、早く春野菜の種の準備をすることにしようっと。
by nicecuppatea | 2009-04-07 22:22 | 里と野山 | Comments(0)

桃と桜

昨日も書きましたけど、おそらく今の甲府盆地は一年中で一番きれいな時期を迎えているでしょう。盆地中が淡いピンクの桃の花色に染まります。

収穫作業がしやすいように、また、できるだけ枝より実に勢いが行くように、商業用の桃の畑では、桃の剪定ではまっすぐ上に延びる元気の良い枝はすべて切り、かわりに下を向いたり並行に横に延びる細めの枝を生かしてそこに実をつけます。結果、枝全体に花がつくと、さながら桃の木の上全体に桃色の天井が広がったように見えます。地面にはこの時期、あわい紅紫の花と葉をつけるホトケノザがびっしり咲いて、上も下もピンクに染まります。んー、こんなにものすごい光景なのに、誰もお花見をしている人がいないなんて。
e0151091_22183096.jpg

毎年、甲府盆地の私の畑のあたりでは、四月あたまに桜の花が咲いて、それからしばらくして八重桜の咲く4月の終わりごろに桃の花が満開になったものでした。ところが今年様子をみていると桜の花も今が満開。桜と桃が同時期に咲いているのです!
e0151091_22192425.jpg

一緒の時期に咲いているとその花の違いがよくわかります。桜はさくらんぼの柄のようにいくつかの花がまとまったところからでていて、それが咲くとまあるいポンポンの様にこんもりと見えます。

白を基調に淡いピンクの気配がある花がいくつもまとまって咲き、たくさんの花がひとつの「かたまり」に見える桜に対して、桃は一つ一つの花の真ん中へ行くほど濃いピンク、梅のようにひと花ひと花、別々の花が枝から直接開き、枝に沿ってびっしりと花がつくような印象で、ひとつひとつの花がそれなりに自己主張しながら咲いています。

「お化粧下手の桃」と「薄化粧上手の桜」とだんな。異論はあるでしょうが、一理あるかも。
by nicecuppatea | 2009-04-06 22:21 | 里と野山 | Comments(0)

大きな木

自転車で通勤する日が多いのですが、最近その通勤路上で古い建物が解体されて、その周りに生えていた大-きな木が伐採されている場面を2箇所ほど目撃しました。

ひとつは古い幼稚園の庭に生えていたヒノキ、もうひとつは古いアパートの横に生えていた古いイチョウの木でした。

まず、朝通勤時に、周りが更地になっているのを目撃。「まさか、この木は切らないよね。」と思って帰宅時に通りかかるとその木が根こそぎ伐採されていたというもの。

大きな木、それも昨日までそこの風景の重要な一部をなしていた木が無造作に切り倒されているのをみるのには、ある種のショックが伴います。感情移入しすぎ、って言われるかもしれないけど。

少なくともそれらの木は私が子供のころからそこにあって、毎日子供が庭で遊ぶのを見ていたり、下を歩く人を強い日差しから守ったりしていたであろうわけで。

土地が借り物だったりすると、オーナーに返上するときは「現状復帰」のため更地にしないといけないのかな、とか、改築する場合は投資回収のためにも少しでも延べ床面積の多い建物にして貸し出さないといけないのかな、とか、色々と勘ぐることはありますが、それにしてもある日突然、住宅街の中でオアシスのように感じていた大きな木がばっさりと切られていたのを発見したときの気持ちは、私は一日中引きずってしまったりします。

大きな木に惹かれるなぁ、と感じるようになったのは、それほど昔のことではありません。

「アラサー」で初めて留学生となりイギリスに滞在している中で、牧場の際やカントリーサイドに生えている、重厚な枝ぶりのイングリッシュ・オークの木を見て、あたかもその木が経てきた月日を見ているような気になって、しばし時を忘れて見上げた時が、最初だったかもしれません。

それまで日本で生活している間、そんな風に思って木を見たことなど一度もなかったのですが。なんというか、日本庭園で手入れが行き届いて年輪を重ねた「下がり松」などとは別の、ただただ自然に年を重ねた重さ、とでもいうようなものをとても大きく感じました。

イギリス人に言わせると、「イギリスは人を守るより木を守るからね。家が壊れそうでも木を守るのは大事だといって切らせてくれない」などと揶揄する人もいるくらい、イギリスで樹木の伐採を制限するTree Preservation Orderという規則は威力のあるものです。家を建てたり、いじったりする際にも行政と確認し、この木は切っていい、これはだめ、と逐一制限がかかるのだとか。

私の友人も昨年自宅を改築をしようとしたら、まず行政から「Tree Peopleが来て、この木は切っても良い、これはだめ、とすべて決められたよ」といっていました。念のため言っておきますが、これは個人の持ち家の庭の話です。

ちなみにいじってはいけないといわれた彼の家の木はこのイングリッシュ・オークの木。こうみると規模感がわかりませんが、真ん中に備え付けてある巣箱はフクロウ用の巨大なもの。
e0151091_224312.jpg

ヨーロッパに旅行に行った日本人が街並みを見ると「みんなおとぎの国のようなレンガ建てで綺麗な庭があって、本当に素敵だったわー」などという感想が聞かれますが、あれは自然とああなったわけではなく、ものすごい執念で景観を維持しようという努力を続けた賜物なのだ、ということをわれわれ日本人は見落としがちです。そのためには家への不都合も我慢し、ご近所の景観を損なわないため、自分の家のリフォーム計画すら思うとおりにならないこともあります。

この土地の限られた東京でそこまでは難しいかも。。。でも、あまりに簡単に長い間生きている木が切り倒されているのを立て続けに見て、せめてもうちょっとでも、都会の古い樹木を守るような決まりが日本にあったら、殺伐とした都会空間の潤滑油が減らないのに…などと思っちゃいました。
by nicecuppatea | 2009-02-26 22:06 | 里と野山 | Comments(0)

海辺の裏山にて

なぜだかどうしてもおいしい地魚が食べたくなり、この寒いのに毎年お邪魔する西伊豆のペンションにピーチともどもお世話になりに行きました。

西伊豆は、東伊豆と比べると東京から行くのに電車でのアクセスは不便で、「大きな砂浜」が広がっているわけでもなく、トレンディな雰囲気というよりひなびた雰囲気。そんなこともあって東の浜より人は少なく、犬と遊べる環境も多い気がします。誰もいないこの時期の浜は私たちでひとりじめ。
e0151091_1791967.jpg
おまけに漁港があって温泉があって、夏にはシュノーケリングでもできる岩場もあって…私たちにはうってつけ。もう15年も通っているところです。

お邪魔するペンションの裏はすぐに山。二人で並べば道幅いっぱいになるくらいのトレールが雑木林の斜面に何キロも続いています。なぜそこが好きかと言えば、ふかふかの落ち葉の急斜面を笑いながら走り回るピーチの姿を見るといつまでもそこで遊ばせてやりたくなるというのが一つめの理由で、もうひとつはそこが私の好きなものの宝庫だから(笑)で、これが今日の戦利品(^^
e0151091_1710185.jpg

雑木林の中でみつけたリスやネズミの食べた胡桃の殻、ヤママユガ(かな?)の脱皮した後に残った繭、長くてしなやかなアケビのツル、ユニークな形と質感を残したまま乾きあがった山の木の実のドライフラワーなど。また雑木林とその落ち葉に覆われた地面をよく見ればそこにはかすかに石を積んだだんだん畑の面影が。そこここに誰にも振り向かれることのなくなった柑橘類の木が実をつけています。フツーの人には「これはゴミでしょう」と言われるかもしれませんが、私にはお宝級(笑)

静岡県と言えば以前にも小田原の放置ミカン農園を訪ねたことがありましたが、よく見れば西伊豆の私たちが歩いたあたりも、雑木林に見える斜面はほとんど昔はミカンを育てていたところの様です。

山梨の畑のあたりには庭という庭にほぼ必ず柿の木や桃の木が植えてあるのと同じよう、この辺はどこの家のお庭にも金柑、温州みかん、夏ミカンなどの木が植えてあるよう。遠くから見ても明るい黄色の実が常緑で丸っぽいシルエットのミカンの木にちりばめられたように実っています。八百屋ではミカンはどこも山のような量で安く売っているし、きっと山梨の柿と同じように、たわわに実りながらまるで見向きもされないまま落ちていくみかんも多いんじゃないかな。

もったいないものが多いなあ。山の半分がおおわれている竹だって、もっと「タケノコ」とればいいのになぁ。無農薬のミカンならマーマレードやオレンジピールだけでなくってジュースだってお菓子だって使い道はたくさんあるだろうに…「ものがある」だけでモノは使えない。「それ」を木から取ること、加工すること、運ぶことを積み上げていくと消費することが現実的でなくなってしまうんでしょうか。「食料がない」わけではない、あるものが回らない、ということなら何か人が知恵を出せばもっと使えるような気もするのに…。なんて考えながら落ちてた実を拾ってきちゃった。

今日の夜はアケビのツルでも編みつつ、夕飯は地元の店で売っていた小魚の煮付けにしよう。こういうのも東京とかに出すには市場価値がないんだって。ウチの食卓はマグロのトロとかじゃなくていい、ウマヅラハギの煮付けが食卓に乗ればそれ以上望むものはありません。チビ太のお土産の小アジも買ったし(笑)身近にたくさんある、おいしいもので豊かさをかみしめる休日です。
by nicecuppatea | 2009-01-25 17:11 | 里と野山 | Comments(0)

月夜の楽しみ

寒い夜というのは、甲府盆地の真ん中の場合、たいてい雲のまったくない夜です。そんな夜はとても寒いけれど、月が楽しめる夜でもあります。

都会にいると、あまり月の明るさとかって感じないものです。特に会社の周りはネオンが煌々と光る繁華街もあり、帰宅の時住宅地を歩けば、暗闇のスポットがないように数メートル間隔で街灯があります。(もちろんそれで安全だと感じるのですが…)夜は暗い…けれど電気があれば暗くない、都会に暮らすとついついそんな気になります。

山梨の家に滞在する週末、雲がなく月が高い夜は、ピーチを連れて街灯がまったくない桃畑へ夜の散歩に出かけます。
このあたりは甲府盆地のど真ん中。あたり一面に桃畑が広がり、その間を農道が網の目のように走っています。15分も歩けば川原に出ることもあり、昼間もかっこうの散歩道。収穫用に低く誘引された桃の木が道の両側から枝を伸ばし、春、夏、秋、冬と、違った色に囲まれた小径になります。

この時期の景色の色は「透明」。まだ冬の剪定を終えていない桃の枝は夏に伸びた形のまま、桃にかぶせていた白い紙の「袋」だけが花のようにまだ枝に残っていますが、全ての葉が落ち、枝がすけすけになった結果、はるか遠くの山肌の人家まで見通すことができるからです。夏はこんもりした緑の葉が回りの視界を覆って、まるで遠くは見えないのですが。

月のある夜、この真っ暗で葉っぱが全部落ちた桃畑を散歩すると、上空の月が道を照らして影ができるほど。街灯などなくても十分桃の畑の中を散歩できます。360度周りを山に囲まれたすり鉢状の盆地の真ん中だから、遠くの山肌の人家の光が葉の落ちた桃の枝の間から星のように見えます。音は全くないのですが、時折数キロ先を走っている中央本線の電車の音が聞こえたりします。昼間は聞こえないのに、夜になると遠くの音って聞こえるものです。

たかが月の光なんだけど、自然の光、ってなぜこう、うれしくなるんですかね?
by nicecuppatea | 2008-12-09 20:28 | 里と野山 | Comments(2)