カテゴリ:イギリスでのこと(季節)( 6 )

予期せぬ恐怖、ハロウィン

巷はハロウィンですね~。私の住んでいる田舎~なカンジの界隈でも、会社からの帰り道、仮装をした子供たちがおうちのドアをたたいているのが見えました。

ここ数年で随分浸透したものです。

私がイギリスに留学したのは、10年以上前。9月中旬に渡航し、ようやっと一人暮らしにも、海外生活にもちょっとづつ慣れてきたころ、それはやってきました。

Hall of residenceと呼ばれる学生寮に住んでいた私。週末はイギリス人の学生たちは皆自宅に帰っていて、2階建ての古アパートみたいな寮に、その日の夕方いたのは私だけ。

夕方、古ーい立てつけのドアを、ドンドンドン!ドンドンドン!と叩く音がします。そして子供たちが何やら叫んでいるのです。それは私の耳には、

チュリッカ、チュリー!(trick or treat)

と聞こえました。なんだなんだ…これがハロウィンというやつか。お化けみたいな仮装をしてくる子供たち。でも何よりコワいのは、お化けではなく、英語のわからないオバサンに容赦がない子供たち(爆)

「別にわからなきゃ日本語で対応すればいい」ぐらいの気持ちになってきたのはずっと後の話。

「子供が言う事、わからなかったら、どうしよう…」

「なんでへんな英語話すの?って正直に言われたらどうしよう…」

今考えるとバカバカしいほどの自意識過剰さですが、そんなことが恐怖に感じられて、「いない、いない。この寮には誰もいない…」というつもりで、じーっとして居留守を決め込みました。子供相手に居留守を使うとは(笑)でも当時は、ドアを開けて勝手に中に入ってくるんじゃないか…なんて心配まで本気でしてました(^^;;

英語の勉強を外国でしていて、何が手ごわいって、子供との会話です。発音が通常と違うと通じないし、「なんでそんな風にしゃべるの?」と無邪気に聞いてきますから。まあ、それが真実なわけですが大人はそういうことは「礼儀」として本人にぶつけてきませんからね(笑)。子供は事実を事実のままに伝えてきますから(^^;;;

イギリスで、大学院の同級生の家に泊まりにいって、3歳の娘さんに「お休みの絵本を読んであげてくれる?」と言われたのが今までで一番「きつい~」と感じた英語の「試験」だった気がします(爆)いや、ホントつまらないプライドなんですよね、「絵本読んであげて『わからない』って言われたらどうしよう…」という。それならそれで仕方ないのに。

私にとってハロウィン、というのは「子供の英語がわからない」恐怖を感じた日、として記憶に残っています。

今じゃ、畑でとったかぼちゃを眺めてる程度。もう一度あれぐらい緊張しながら英語ブラッシュアップしないと、どんどん劣化するなぁ。
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by nicecuppatea | 2014-10-31 21:00 | イギリスでのこと(季節) | Comments(2)

クリスマスへのカウントダウン

なんだかんだであっという間に金曜日…。年末はもうすぐそこですね。毎年書くのですが、クリスマスの時期になると自然とイギリスににいた頃のことをよく思い出します。とりわけクリスマスイブ24日のホームパーティから、ボクシングデイと言われる26日までの「完全ファミリーイベント」に私を混ぜてくれた主任教官のビクトリアとその家族と過ごした滞在二年目のクリスマスが忘れられません。

そのビクトリアから今年3月になって、遅れに遅れた去年のクリスマスカードが届きました。3月になっても送るっていうのが、ビクトリアらしいんですが^^

内容はしかし、結構重かった。

今年、ダンナのリックがパーキンソン病を発病したこと、それにより二人の生活の優先順位はがらりと変わらざるを得なかったこと、私がイギリスにいた頃からいる愛犬ディランが、16歳を過ぎ、来年のクリスマスを迎えられそうにないこと、だからディランがモチーフのクリスマスカードはきっと今年が最後になること、来年(つまり今年)のクリスマスはディランがいなくてあまりに寂しいので、クリスマスカードは誰にも送らず、どこか温かい所へ旅行に行くと決めていること、など…
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私より5歳ほど年上で、仕事をバリバリする博士だけど、誰もを懐深くに招き入れ、いつまでたっても少女のような茶目っ気を忘れない彼女は、私がいつもお手本にしたいと思っている女性。

そんな彼女から先日、クリスマスカードならぬ「アドベントカレンダー」という、オンラインのアプリがギフトとして送信されてきました。アドベントカレンダーとは、日本でいういわば、「もういくつ寝るとお正月」と数えながらめくる日めくりカレンダーのようなもの。12月に入ると一日一枚づつカレンダーをめくったり、印をつけたりしながら、カウントダウンでクリスマスの日を楽しみにしながら迎える伝統的な習慣です。

そのアプリの「設定」は、イギリスの伝統的なマナーハウスの中。クリスマスに向けて毎日異なった家族でのゲームができたり、リースを作る作業をしたり。日が進むにつれ、違った日々のプログラムが用意されています。

単純なアプリですが、帰社後のひと時、毎晩パソコンの前で気持ちだけは雪深いイギリスの伝統的なマナーハウスに飛んでいる今日この頃。

ダンナはそんな画面に見入る私を傍から見て、なんか薄気味悪い館の映像に入り込んでる、と気味悪がっていますが。。。イギリスでの生活は私に、身の回りの自然に目を向けて、その中のささやかなものに限りない面白さを見つけることを教えてくれたものです。それがあるから、「効率、効率!」のカイシャ生活をしながらも、何となく日々生活のバランスを保っている気がします。イギリス生活から遠く離れてしまった今でも、クリスマスぐらいはこんな妄想に浸るのも、悪くないかな、と(笑)

こんなプレゼントをくれたビクトリアに改めて感謝。今まで聞けなかったけれど、思い切って近況を尋ねるメールをだしてみました。まぁ、大抵彼女からの返信は数か月遅れだから(笑)来年春ぐらいまで、気長に待ってみよう。
by nicecuppatea | 2013-12-20 20:43 | イギリスでのこと(季節) | Comments(0)

初夏の歓び、エルダーフラワー

数年前、山梨の畑の端に植えたハーブの「エルダー」、今年はなかなか芽が出てこないなぁと思ったら、なぜか、枯れてしまいました…。ぐすん。
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初めて山梨の畑に本格的に手をつけ始めた頃に、まず山梨県内のハーブ園から取り寄せたハーブのひとつが「エルダー」でした。日本名ではニワトコというなじみのある名前で呼ばれているハーブですが、イギリスにいた頃は日常生活でごくごくありふれた木のひとつでした。

初夏に小さな花がびっしりと集まって、テーブルのように平らなアジサイ風の白い花をつけるので、植え込みの中にあってもそれとわかりますが、普段ならヘッジと呼ばれるカントリーサイドの生垣のみならず、都市部ではそこらの空き地や線路脇など、どこにでも生えていてなかなか気づかないくらい、一番「普通の木」でもありました。

初夏になるとその「エルダーの木はどこにあるかな?」と目を凝らしたものです。なぜなら「春のレシピ」に欠かせない花だったからです。

花を食べる習慣は日本にもいくつかあると思いますが、エルダーは色々な形で香りづけにつかわれていました。まず、5月になると作ったのが「エルダーフラワー・コーディアル」。エルダーの大きめの花を二房ほど切り取ってきて、沸騰したお湯に適量(かなり)の砂糖を煮溶かし、そこへフラワーヘッドを入れて火を止めます。その後数分間花を放置して香りを移したらそれを取り出し、最後にクエン酸を好みの量加えてできあがり。とても簡単です。

これは私がイギリス南部ハンプシャー州で働いていた苗木農園で同僚だったキャロルが教えてくれた簡単レシピ。彼女は5月、6月、エルダーフラワーが満開の時期にそれを家で作ってきて、農園で休憩をとるたびに、これをソーダ水で割って、私にもごちそうしてくれたので、私にとってはこれが「イギリスの初夏の味」。

6月、グーズベリーというグリーンのカラントが市場に出回る短い時期があります。とても昔からある果実で、最近は少し古臭いとも思われている果物ですが、個人的にはこの甘酸っぱさがクセになる気がしていました。

出始めの甘酸っぱいものはフルーツソースなどにしますが、何よりおいしかったのはこれとエルダーフラワーでつくるグーズベリーフール。苗木農園の住みこみ農夫ロバートが、暑い初夏の昼下がり、「おいしいのができたぞ」と私とキャロルに運んできてくれたのが初めての出会い。

ひとくち口に含むと、甘酸っぱいグーズベリーと濃厚なダブルクリームがエルダーフラワーの香りで結ばれて、口の中であっという間にとろけていきます。大袈裟でなく、こんなにおいしいお菓子は生まれて初めて食べた!と思いました。まぁ当時は倹約生活の真っただ中で、お菓子をほとんど変えなかった、ということもあるでしょうが(^^;

作り方はこれまた簡単。グーズベリーをエルダーフラワー・コーディアルで形が崩れるまで煮ます。別の鍋に卵の黄身と砂糖を混ぜ合わせ、温めた牛乳を徐々に加えてカスタードを作ります。それと別にダブルクリームといわれるこってり度2倍の生クリームを角が立つまで泡立てて、3つを合わせて、最後にほぐしたエルダーフラワーを飾りにまぜて出来上がり。

簡単だから自分で作ってみようとしたら森や植物にまつわるフォークロアを何でも知っている友人のマイクから「コーディアルを作るなら、花の匂いをよくよく確かめることだよ。エルダーフラワーの匂いは二種類あるんだ。ひとつはハチミツのようないい匂いのもの、もうひとつは狐のおしっこみたいな匂いがするもの。くれぐれもハチミツの匂いのするフラワーヘッドを選ぶんだよ。」

へぇー。私には正直、あまりその違いはわからなかったけれど(笑)。このエルダーフラワー、ワインにしたり、秋にはたわわにみのる小さく赤黒い実でワインをつくったり。香ばしい木の香りがするようなエルダーベリーワインは、秋に作ってクリスマスに楽しむ、家庭のお酒でした。

そんなホームメードレシピを夢見て日本に帰ってきてすぐ、Sambcus Nigra(セイヨウニワトコ)という学名を確認して苗を購入したのだけど…。去年まで細々と花は咲いたものの、実をつけることはありませんでした。自家製エルダーフラワー・コーディアルは見果てぬ夢か…。

…と思ったら、ピーチの散歩道の公園の植え込みにさりげなく植えられている木を発見、この葉っぱはエルダー(っていうかニワトコ)に違いない!!
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つぼみのつきかたがテーブル型じゃないところがちょっと気になるけど。実をつけるかどうか、注意深く見守っていこうと思います♪
by nicecuppatea | 2009-04-29 22:11 | イギリスでのこと(季節) | Comments(0)

クリスマス話その2

他の人がどう思うかわかりませんが、私はイギリスの「クリスマスイブ→クリスマス」は日本の「大晦日→お正月」にイベントの流れとして似ているなといつも思っていました。

その日をめがけて皆が紙に書いたメッセージの交換をする(クリスマスカード&年賀状)、お店が閉まっている、離れたところに住んでいた家族が実家に集う、深夜には日ごろ隠していた信仰心を披露(日本は初詣、イギリスではミサに行く)、どう考えても家族でいっぺんに消費しきれないほどの結構重たい味付けの「特別料理」がテーブルに並び、それを食べ、大量のアルコールを消費し、長時間テレビを見るなどなど。実は近年「~らしさ」が失われている、と嘆く人が増えているところまでいっしょだったりして(^^唯一大きな違いだと思ったのは日本の大晦日から元旦にかけては電車は終夜運転をしていますが、イギリスでは電車さえ止まってしまい車で動くしかなかったことでしょうか。

イギリスでクリスマスを数回過ごしましたが、当時車を持っていなかった私は、毎年公共交通機関が動かなくなる前にその年クリスマスを共にするお宅へ数日分の荷物をもって移動していました。「えぇっ?!クリスマスに実家に帰らないの?それは寂しいわね、ぜひウチにいらっしゃいよ。」という流れだったので、本当に私個人を「ぜひ」と招いてくれているのか、それとも特にこの時期彼らの間で大いに発揮される慈善の心で「恵まれない外国人に施しを」というチャリティの一環だったのか、最初はわからなくて戸惑いました(笑)

元来のずうずうしい性格も手伝って、途中で「どっちでもいいや」となりました。それはとりわけ私の指導教官だったビクトリアの実家を訪ねたときの経験によるものでした。

彼女は大学院の学部主任教官。私の滞在中ずっと、指導教官だった人です。私と10歳も年は違いませんでしたがこちらは生徒であちらは先生でした。政府の環境機関のボードメンバーにも若くして選ばれ、才色兼備を地で行くかなり地位の確立した女性ですが、実際のビクトリアは会ってみるとお高く留まったところは全くなく、いつでも両手を広げて「こっちへおいで」というようなオープンで暖かな人です。私は事あるごとに季節イベントをビクトリアとその家族と共に過ごしました。

12月23日になると彼女の森の一軒家にお邪魔します。その日はコミュニティや職場の人を家に招いてドロップイン・スタイル(勝手な時間に来て、勝手に帰る)のクリスマス・パーティを彼女が準備して盛大に開催。忙しいのに、冷蔵庫に残っているものまで使い切りながらぱっぱとおしゃれな前菜を作って、それ以外の材料も手際よくオーブンに放り込み、あっというまにたくさんのお皿が埋まっていきます。あとは赤ワインにスパイスやオレンジをいれてモールド・ワインという甘いホットワインを作り、訪れた人をその都度歓迎します。

私はビクトリアへのお手伝いの意味も込めて、新たに到着したゲストへのドリンクお勧め係りを引き受け、来る人来る人にモールド・ワインを勧めては注ぎます。あとで数えたら小さい森の一軒屋に数時間のうちに200人近くの人が来た事になりました。

楽しく騒いで、料理をして、24日のお昼ぐらいまでは賑やかなのですが夜に近づくと突然雰囲気が厳かになりだします。12時の鐘を聞くと、たくさんの防寒着を着こんで、村の教会のミサへ。あちこちから同じように肩をすぼめて道に出てくる人たちに出会います。さながら日本で紅白が終わって、突然多くの人が初詣に行くため道にでてくるのと同じよう(笑)私はクリスチャンではないので、教会の中でひととおりイベントの流れに身を任せながら、祭壇の前へいってひとりひとり祝福を受ける、というようなところはただ見守っていました。

教会から帰ってくるとビクトリアは部屋のクリスマスツリーの横にある小さなテーブルの上にワイングラスを置いてミルクを注ぎ、その隣にニンジンを一本置きました。「ミルクは家に来たサンタさん用、ニンジンはトナカイ用よ」。暖炉の隣にビクトリアとダンナさんのリック、そして私の名前の書いてあるソックスを吊るしてベッドに入りました。

翌日の朝、「さあ、早くこっちにいらっしゃい!プレゼントをあけるのよ!」と戸惑う私を、パジャマ姿の「先生」が夫婦の寝室の中にまで誘います。夫妻のベッドの上で3人でパジャマ姿のまま、サンタさんのくれたプレゼントのつつみをビリビリと破り始めました。私の名前の書かれたソックスの中には小さいみかんと一緒に、ハンドクリーム、チョコレートなどちいさな贈り物が一杯つまっています。それにもうひとつ大きな箱も!こちらの中には真っ赤なフリースのジャケット。「あなたはあまり派手な色を着ないから。赤も素敵よ」とビクトリア。私は森から採ってきたハニーサックルのツルを煮て、白いツルと茶色い皮に分け、それでツートンカラーのバスケットを編んでプレゼントしました。(安上がり(^^;)

リビングへ行ってみると昨日用意しておいたニンジンが一口分くらい欠けていて、注いであったワイングラスのミルクが無くなっていました。グラスのふちには綿毛のようなものが。「サンタさんが来たのね。髭が残っているわ(笑)」とビクトリア。

もちろん、全て彼女が一人でしくんでプレゼントも全員分用意して、ミルクもニンジンもしつらえたのです(もちろん、「サンタの髭」も)。それでも翌朝、「サンタさんが来たわよー!」と一番楽しんでいるのもビクトリア自身。彼女、普段は政府の環境トピックの専門委員会などに出席している高名なドクターなのですが。

「生徒」が一緒にいようが、まったく飾ることなく素のまま。しかも私のような他人をプライバシーの一番深いところまで無邪気に招き入れて、クリスマスを少女のように楽しんでいるビクトリアの様子を見て、というか私も一緒になって楽しんだ結果、「施されたのか?」なんて考えること自体がばかばかしくなってしまったのです。そして「信じる人にはサンタさんが来る」と、子供のときは大人にどんなに言われても信じなかった私が、不覚にも30過ぎになって「来るんだー…」とまじめに思えてしまったりて。

今年もミルクがワイングラスに入っているんでしょうねー。
by nicecuppatea | 2008-12-25 21:55 | イギリスでのこと(季節) | Comments(0)

クリスマスイブ

イギリスで生活していた時、日本を思い出して一番「日本がいいなー」と思った事のひとつは、寒い日に入る露天の温泉でした。日本に帰ってきて特にイギリスの「この時期はよかったなぁ…」と思いだすのは、やはりクリスマスの時期です。

今日はいわゆる「クリスマスイブ」でしたが、私は朝8時半から5時までずっと会議。普通の生活をしていたら、全く「特別な日」という気はしないで「若い人たちがロマンチックに楽しむ夜ね」くらいのイベントで終わってしまいます。

今でも私に本当の意味でのクリスマスを感じさせてくれる唯一の出来事はこの時期になると毎日のようにポツリポツリと届くイギリスからのクリスマスカード。だんだん枚数は少なく落ち着いてきましたが、今年来たのはこんなカードたち。この裏側を見てみると、このカードはすべてそれぞれに特定の運動をしている団体をサポートするカードです。
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ちなみにここに出ているカードはそれぞれ、The Blue Cross (イギリスのペットチャリティ)、Great Ormond Street Hospital Children's Charity(病院の子供たちをサポートするチャリティ)、Oxfam(人道援助団体)、British Heart Foundation(心臓疾患の人をサポートしたり(特に子供)病気の研究を進めるチャリティ)、 British Trust for Ornithorolgy(英国鳥類保護協会ーイギリスの山階鳥類研究所(?)みたいなとこです)、アルツハイマー・ソサイエティ、ライフボーツ(24時間のライフセービングをやっているチャリティ)といったチャリティやNGO,非営利団体にカードの収益金が行く、というカード。

中にはカードの裏の団体の名前を見れば、あぁ、あの人からのカードだ、とわかるものもあります。今年届いたカードは全部、特定の活動を支持する意味を持つカードばかりでした。去年には「私はカードをだしません。あなたも私に送ってくれなくてよいので、その分の小銭をどこかの団体に寄付してください」というメールがきたりもしました。

こう考えると「クリスマス」の一番大切な部分は日本には入ってこなかったんでしょうかね。クリスマスは「Time to give some back(何かをおかえしする時期)」とよく聞きました。身近な家族であったり、遠くの国の見も知らない人だったり、だれか自分以外の人やモノを思いやる時、ということでしょうか。

みんながそういう思いでクリスマスを迎えているのかどうか、知りません。けれどもロマンスを求めて外で外食などしない年になった私自身は「そういうことならクリスマスってもっと大きくて深い行事なのに」と感じたりしています。
by nicecuppatea | 2008-12-24 22:33 | イギリスでのこと(季節) | Comments(4)

初霜とスロー・ジン

そろそろ12月。山梨のキッチンガーデンも初霜がとっくに降りているでしょう。3週間も畑に行かないのは、いったいどれほどぶりでしょうか。

畑に霜が下りると、それまで頑張っていたトマトなどは一晩にしてしんなりしてしまい、それで寿命が途切れます。あーぁ、一生懸命頑張ってくれていたからきちんと最後のお礼ぐらい言っておきたかったなぁ…(?)

早く収穫しなければ寒さにあたるとダメになってしまう野菜は他にもあります。冬掘り用に、と植えていたジャガイモも枯れているでしょうし、サトイモも早く堀りあげないと。2週間前の週末に見た時にはわさわさと茂っていたサツマイモもべったりと上部は枯れているでしょうし、放っておけば寒さで芋も痛んできます。今のキッチンガーデンには「初霜」を合図にひとつの世代が終わる野菜たちがいっぱいいるのです。

イギリスにいた時、これとは真逆に「霜にあたる」のを心待ちにしていたものがありました。「スロー・ジン(Sloe Jin)」のなかにつけこむ実として知られている、ブラックソーンの実(スロー)です。霜にあたるまで収穫を待つと甘くなり、それを漬け込むとおいしくできる、と言われています。

ブラックソーンは辞書でひくと日本語で「スピノサスモモ」とか「リンボクの一種」とか書いてありますが、イギリスのカントリーサイド(端的に言えば日本語では「里山」か)の生垣に欠かせないサクラ属の木みたいなのです。たいていはヤブみたいになっています。春の早い時期、葉が出る前に花が咲くのもサクラやスモモと一緒。まだ他の木が裸のままの時期にそこだけ白い花がつくので、それがブラックソーンの木とわかります。原種に近いからでしょうか、花びらはサクラやスモモよりずっと小さい、可憐な花です。

正直、私は可憐な花にはあまり興味はなく(^^、ブラックソーンの木に俄然注目しだすのは、秋以降でした。スロー・ジンをつくるのに、「どこに生えているブラックソーンの実が一番大きいか」めぼしを付けるためです。とにかくカントリーサイドにいけば生垣にはたくさんのブラックソーンの木があるのです。旅行で訪れたイギリスで初めてブラックソーンの実がたわわに実った生垣を見つけた時は「これブルーベリー??」と思って嬉々として袋いっぱいに摘んでから、ひとつ食べたら口の中がガジガジするほどすっぱく、とても後悔しました…。とても生で食べれるシロモノではなかったのです。食って確認してから摘めよ、って感じですが(笑)この、ブルーベリーよりすこし大きいスモモ状の実は秋口に成りだして、熟するにつれ青い実は黒味を帯び、最後は霜が降りた後、葉っぱが全部落ちてトゲの目立つ木に、実だけ残っているのです。ちなみに「ブラックソーン」とは日本語で「黒いトゲ(のある木)」。

イギリスに滞在しながらカントリーサイドに暮らす人たちの歳時記みたいなものに触れる機会もあり、スローがどんなものなのか、どうやったらおいしく使えるのか、折に触れ教えてもらったりもしました。

「最初の霜に当たる前のスローは食べてもおいしくないよ。鳥だってたべないんだ。霜に当たると甘くなるから。それを摘んで、半分飲んだジンのボトルに針でつついて穴をあけたスローとたっぷりの砂糖と一緒に漬け込むんだ。クリスマスごろから飲めるようになるよ」と教わりました。といっても、霜に当たる前にも鳥はがんがん実を食べてたし、クリスマスにあわせてその年のスロー・ジンがおいしく出来たこともなかったけど。

彼らの作ったスロー・ジンは、砂糖の加減もあるのだろうけど、むっちゃ甘い!のです。ドロっとするぐらい。これも「自家製梅酒の砂糖の量」といっしょでそれぞれの家庭で違うんでしょうかね。暗く、長く、寒いクリスマスの頃の夜、暖炉の前でこの濃い赤ワイン状のお酒を小さいグラスに注いでちびり、ちびりと飲む…この絶望的な季節に身も心も温かくなるにはこういう甘くて強いお酒がいいのかな、と思わされました。
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スローだけでなく、私の住んだイギリス南部の生垣(ヘッジローと呼んでいました)にはたくさんの実のなる低木がありました。私みたいな「実好き」にはたまらない環境です。

それらを季節に合わせて「ある分だけ」生活に取り入れておいしくかつ贅沢でなく楽しむスタイルは、イギリスから帰国後、全くペースが違ってモノの有り余る東京に暮らしていても、たとえ無理して都会と田舎の往復を繰り返してでも(笑)、実現させてみたい、私の憧れです。
by nicecuppatea | 2008-11-26 22:03 | イギリスでのこと(季節) | Comments(4)