大きな木

自転車で通勤する日が多いのですが、最近その通勤路上で古い建物が解体されて、その周りに生えていた大-きな木が伐採されている場面を2箇所ほど目撃しました。

ひとつは古い幼稚園の庭に生えていたヒノキ、もうひとつは古いアパートの横に生えていた古いイチョウの木でした。

まず、朝通勤時に、周りが更地になっているのを目撃。「まさか、この木は切らないよね。」と思って帰宅時に通りかかるとその木が根こそぎ伐採されていたというもの。

大きな木、それも昨日までそこの風景の重要な一部をなしていた木が無造作に切り倒されているのをみるのには、ある種のショックが伴います。感情移入しすぎ、って言われるかもしれないけど。

少なくともそれらの木は私が子供のころからそこにあって、毎日子供が庭で遊ぶのを見ていたり、下を歩く人を強い日差しから守ったりしていたであろうわけで。

土地が借り物だったりすると、オーナーに返上するときは「現状復帰」のため更地にしないといけないのかな、とか、改築する場合は投資回収のためにも少しでも延べ床面積の多い建物にして貸し出さないといけないのかな、とか、色々と勘ぐることはありますが、それにしてもある日突然、住宅街の中でオアシスのように感じていた大きな木がばっさりと切られていたのを発見したときの気持ちは、私は一日中引きずってしまったりします。

大きな木に惹かれるなぁ、と感じるようになったのは、それほど昔のことではありません。

「アラサー」で初めて留学生となりイギリスに滞在している中で、牧場の際やカントリーサイドに生えている、重厚な枝ぶりのイングリッシュ・オークの木を見て、あたかもその木が経てきた月日を見ているような気になって、しばし時を忘れて見上げた時が、最初だったかもしれません。

それまで日本で生活している間、そんな風に思って木を見たことなど一度もなかったのですが。なんというか、日本庭園で手入れが行き届いて年輪を重ねた「下がり松」などとは別の、ただただ自然に年を重ねた重さ、とでもいうようなものをとても大きく感じました。

イギリス人に言わせると、「イギリスは人を守るより木を守るからね。家が壊れそうでも木を守るのは大事だといって切らせてくれない」などと揶揄する人もいるくらい、イギリスで樹木の伐採を制限するTree Preservation Orderという規則は威力のあるものです。家を建てたり、いじったりする際にも行政と確認し、この木は切っていい、これはだめ、と逐一制限がかかるのだとか。

私の友人も昨年自宅を改築をしようとしたら、まず行政から「Tree Peopleが来て、この木は切っても良い、これはだめ、とすべて決められたよ」といっていました。念のため言っておきますが、これは個人の持ち家の庭の話です。

ちなみにいじってはいけないといわれた彼の家の木はこのイングリッシュ・オークの木。こうみると規模感がわかりませんが、真ん中に備え付けてある巣箱はフクロウ用の巨大なもの。
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ヨーロッパに旅行に行った日本人が街並みを見ると「みんなおとぎの国のようなレンガ建てで綺麗な庭があって、本当に素敵だったわー」などという感想が聞かれますが、あれは自然とああなったわけではなく、ものすごい執念で景観を維持しようという努力を続けた賜物なのだ、ということをわれわれ日本人は見落としがちです。そのためには家への不都合も我慢し、ご近所の景観を損なわないため、自分の家のリフォーム計画すら思うとおりにならないこともあります。

この土地の限られた東京でそこまでは難しいかも。。。でも、あまりに簡単に長い間生きている木が切り倒されているのを立て続けに見て、せめてもうちょっとでも、都会の古い樹木を守るような決まりが日本にあったら、殺伐とした都会空間の潤滑油が減らないのに…などと思っちゃいました。
by nicecuppatea | 2009-02-26 22:06 | 里と野山 | Comments(0)
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