戻ってくる場所

ちょっと長くなりますが…

昨日、大学のOG会、ということでン十年ぶりに母校を訪れました。大学では体育会女子バレー部に所属して、大学生というのに週6日学校に通う生活をほぼ3年半、ずっと続けていました。


大げさでなく、ここでの4年間がなかったら、(今がどうかはともかくも)何事も言い訳ばかりで卑屈な、すごくイヤな人間になっていただろうと、今でも思っています。バレーボール、というより、それを通じてできた友人たちに会わなければ。そんな場所だったのに、卒業後、同級生には毎年会うものの「OG会」とかいうと、ちょっと及び腰で、数年間日本を離れたあとは全く疎遠に。

先月、その大事な同級生のチームメイトの一人が、予期せぬ病で突然亡くなってしまいました。折しも私は米国出張中。なにより、おそらく卒業以来…というぐらいの友人たちがたくさん集ったお通夜に行けなかったことが悔やまれました。そしてみんなが言っていたことは、「人は、会えるときに合わないとだめだ」。…そんなこともあり、今回は何かに押されるようにして久々の母校へ。

久々の校舎はツタに囲まれて青々として(私の雰囲気上「バンカラな学校ですか?」と聞かれることがあるのですが、予測に反してミッション系・笑)、クリスチャンではないのだけど、試合の前、後にチーム全員で参加したミサを思いだし、ここが自分の一部だったことをはっきりと感じました。

会場についてみれば、懐かしい顔ばかり。ン十年以上あっていないのに、あった途端にその間にあった時が一瞬でなくなるような気がするのは、誰にあっても同じことでした。誰にあっても「ご無沙汰しております。不義理をしていてごめんなさい」と頭を下げることから始まりました。あんなにお世話になったのに。ところが、聞いてみるとそこで会う多くの人が私と同じような状況だということがだんだんわかってきました。みな、亡くなった彼女のことを思い、彼女に導かれるようにして、今回ここに本当に久しぶりに集っていたのです。

懇親会の会場は、私がおそらく学生時代一番長い時間をすごした学食^^;

e0151091_19224088.jpg
玄関にはラテン語で「腹八分目にせよ」と、書いてあるらしい。
e0151091_20083865.jpg
もちろん、そんな先人の声にも当時は全く耳を傾けず、ン十年後に、押し寄せる体重と闘い続ける下地をつくることになりました。趣のある建物だったけど、ユニホームのままで食べるのはカツ丼と菓子パンとかだった。そのまま語学の授業にでたりして、雑誌にでてくるようなおしゃれなクラスメートと会うのが嫌だった。しかも当時の私は英語もからっきしで、ユニホーム着て授業にでて、指されてもわからない…では、やる気があるのか、って怒る先生の気持ちも、今ならわかります(^^;

ン十年の間、子供をたくさん産んだ人、大学で教授になっていた人、会社で出世している人、介護に多くの時間をかけてきた人、と様々で、共有するものが全くないにも関わらずちょっと話すだけあっというまにその間の時間が溶けていくような気がしました。それぞれが真摯に向かい合ってきた話を聞きながら、そのみんなをここに連れてきたであろう彼女のことなんか考えながら、みんなで最後に校歌なんか歌っちゃうと、ベタですがなんだか鼻の奥が何度かツンとしてきました。

きっと、現役時代の経験はいろいろだったけど、その時代の「濃さ」がみんな一緒だったんだろうな。いろんな人が久しぶりに「ここが戻ってくる場所」って思ったのかもしれない。それを友人たちと感じられることが、年をとってきた喜びなのかもな~。


by nicecuppatea | 2016-07-10 19:26 | 暮らしのアイデア | Comments(0)
<< 14歳、おめでとう 久しぶりにマーケットに出店! >>