居場所

先日、満員電車で自分の世界に入り込み枯れ枝やツルでカゴを編む喜びをつづりました。最近は「これ、ビジネスになるんじゃないの?」なんて言ってくださる方いらしたりして。

通勤電車1時間半ほどの時間をかけて編んだ小さなかごは、なんとなく値付けして250円くらい。台所に置いて根菜を入れられそうな取っ手付きのフレームバスケットは、素材によって1000円から2000円の間。私は近くの公園でとったキノコとか入れちゃいますが(魔女かよ)
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だいたいそれらを作るのに丸1日から1日半。そりゃぁ作るのは楽しいけれど、これだけでは食べてはいけないでしょう(笑)

会社で私が通訳するような経営の会議では、新しい事業をする際にも、そもそもそれで利益がでる「ビジネスモデル」ができているのか、それを早くやればやるほど、広げれば広げるほど利益が高くなるような「しくみ」になっているのか、を確認できなければ、その事業を大きくする計画は決して承認されません。

何でも早くすること、拡大することで相乗効果を生み、より利益がでる、そんな形がどこでも求められているのを感じます。それは、小さいままで終わってしまう、そもそものパイが小さいビジネスなら最初から追及する価値がない、ともとれます。

そんなことを、その会社に向かう通勤電車でカゴを編みながらツラツラ考えている私はいつも、振り子の左右に位置する価値観の間を日々行ったり来たりしているような気がしています。

そんな折、先日「里山資本主義」を提唱していらっしゃる地域エコノミストの方が言っていました。どこぞの過疎の村では、それまで価値が見いだされなかった有機物(間伐材だったか)を使って発電を始め、それを売電して収入を得ることができるようになったんだとか。それで大事なことは、「どれだけ利益を得たか」ということより、「それまで価値がないと思われていたものに価値が生まれた、という事実」というのです。

そう。たぶんわたしがずっと、自分がやりたいと思っていることも、おんなじカンジだ、となんか強く響きました。「エコノミスト」的な偉い事には無縁なんですが、感じ方、という意味で(^^

前にも少し書いたことがありますが、私の仕事は、通訳であれば「この言葉が通じなかったらこの人の知識や経験は、生かされない」という人を、言葉を介して別の人に繋ぐこと。カゴを編むのであれば、そのまま生い茂って厄介に思われていたツルや可燃ごみ系のものを、新たなものに作り替えること。実は会社では通訳の傍ら、業務で発生した食品廃棄物を、廃棄せずに食品を必要とする人に寄付する、というようなプロジェクトもやっています。こじつけだけど権蔵だって殺されるはずの命でしたが、今は私のクラフト市出店の時は「販売部長」をやってくれているし。

そう考えると、利益追求型の会社にいながら、あまり自分を押し殺すことなく、自分のやりたいような仕事で居場所を確保して(とりあえず今のところ、だけど)いられる私は、ものすごいラッキーだなぁ。。。まぁ、出世とかとは、全くもって無縁ですがね(笑)
by nicecuppatea | 2014-02-14 19:59 | 暮らしのアイデア | Comments(0)
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